第17話 二度目


 少しの間は、まあ、平穏だった。


 学生らしく講義を受けて。

 食堂での一件以降、マニさんとはぼちぼちお話するようにもなった。

 レヴィアさん関連の話題は、あれっきりだけど。


 勿論、指令をこなすことも忘れてはいない。

 合間合間に学院内を歩き回ってみたりだとか。ま、相変わらず気配・・は薄っすらと学院全体を漂っていて、めぼしい成果は得られなかったけど。


 後はー……そう、アリサさんもアリサさんで、メイド業の合間に裏で何やらこそこそやってるような感じ。

 だけどまあ、放置で。腹の探り合いで忍者に勝てるとも思えないし。こっちも隠し事をしてるわけだから、おあいこってやつだ。


 そんな感じで、まあまあ平穏。

 ほんとに、ちょっとの間だけだったけど。


 最初の『騒動』から、一か月くらいたったある日。

 また唐突に、それは起きた。


「――アーシャ。出た・・


「……みたいね」


 『魔法実技』の講義に向かう途中。

 前の時と同じく、急激に気配が膨れ上がった。場所は奇しくも、これから行く先。


「……出たって、アレですか?」


「うん」


「前回のような?」


「たぶんねぇ」


 もっと言うと、前の男子生徒よりも気配が濃い。


 方向はそのまま、足を速めて、訓練場へ向かう。

 どっちにしろ処置室で対面することになるんだろうけど。まあ、観察するに越したことはないだろうから。




 ◆ ◆ ◆




「妖精様、どうかその御力の一端を、わたしに――!」


 そろそろ聞き慣れてきた文言と共に、大きな爆発音が響いた。

 到着した訓練場の一画で、レヴィアさんがそれ・・と戦っている。


「――やはり傍目には、薬キメてるようにしか見えませんね」


 アリサさんが目をやる先。黒い影に覆われた女子生徒が、半透明な壁のようなものを作ってレヴィアさんの攻撃を防いでいた。

 土埃が舞っていたって、あの立ち上る影を見紛うことはない。


「――蠕薙∴縲り恭遏・縺ォ縲ょ勧縺代※蜉帙↓――」


 まあ、何言ってるのかさっぱり分からない言葉を紡ぐその様子は、たとえ黒い影が無かったとしても、まともじゃないことが良く分かると思うけど。


 どうやって立っているのか分からないほどに弛緩しきった四肢に対して、虚ろな両目だけが大きく大きく見開かれている。

 身を覆うような黒い影の中には、一人の妖精さんも一緒に囚われていて。


「――蟇?k霎コ蜉ゥ縺代※辟。縺崎??h縲∝セ薙∴縲」


 きっと何かを言い終えたんだろう女子生徒の放ったものは、紛れもなく魔法だった。


 六層に届く――いや、無理やり届かされたようなその魔法は、半透明な大気の揺らめき。攻撃を防いだものと同じ性質であろうそれが、今度は刃となってレヴィアさんを襲う。


「くっ……妖精様――!」


 咄嗟に突き出した手の先で、またしても爆発を起こすレヴィアさん。小規模な爆発の連鎖が壁となって、本人を傷つけることはなく、爆風と炎で攻撃をかき消す。


「よしっ……!……ぐぅっ!?」


 けれどもその黒煙ごと押し通すようにして、身の丈を超える半透明な壁が。

 全身を強打したレヴィアさんが、呻き声を上げながら吹き飛ばされていった。


「く……そっ……!」


 うつ伏せに、額から血を流しながら悪態をつくレヴィアさん。


 今日はわたしたちのクラスと一つ下のクラスの合同講義ってことで、この場にはいつもより多く生徒さんがいるんだけど。アレと相対しようって気概のある人は、レヴィアさんだけみたいで。


 いくら『魔法実技』の上位クラス生といえども、あんな見るからに真っ当じゃないモノに、怯えなく立ち向かえる人はいないみたいだった。目の前で試験成績二位の人がやられちゃったんだから、なおのこと。

 ……なんて、そんな様子を遠巻きに眺めるわたしたちも、傍目には怯える野次馬たちの一部なんだろうけど。


「――蠕薙∴縲り恭遏・縺ォ縲ょッ?k霎コ蜉ゥ縺代※辟。縺崎??勧縺代※繧医?ょセ薙∴――」


 倒れたレヴィアさんには目もくれず……というかどこも見ていない虚ろな瞳で、ふらふらと歩く女子生徒。とはいえ、やっぱりその進行方向には、吹き飛ばされたレヴィアさんがまだいるわけで。


「……あのー」


「んー?」


 でもアリサさんは、もっと別の事が気になっちゃってるみたい。



「どうしてあの教授は、止めようとしないんでしょうかね?」



 うん。それはわたしも気になってた。


「どうしてだろうねぇ」


 アリサさんの指す『あの教授』っていうのは、この場にいるただ一人の先生、我らがオウガスト・ウルヌス老に他ならないんだけど。

 そのウルヌス教授、一応は生徒さんたちを守るような位置取りをしていながらも、自分から積極的に女子生徒を捉えようとする様子がない。

 というか表情が完全に、いつもの無理難題を申し付けてくるときのそれ。


少し前に「これも実地訓練の一環じゃ」とか言ってたことなんて知る由もないわたしたちにとっては、なにやってんだあのお爺ちゃんって感想しか出てこないわけで。


「うーん……」


 兎にも角にも、他の生徒さんたちは混乱して逃げ惑うか、遠巻きに様子を窺っているだけ。その気になればすぐにでも止められるだろうウルヌス教授は、今のところ助太刀に入る様子もない。


 多分救援を呼びに行ったんだろう下位クラスの先生を待っても良いんだけど。それまでレヴィアさんが大怪我をしないで済むかは、それこそウルヌス教授の匙加減次第になっちゃう。


 マニさんと仲良くなってきた手前、このまま嬲られるのを見てるだけっていうのも、あまり気分は良くないんだけど。


 さてどうしたものかと頭を悩ませる……その前に。



「――ここは、私が」



 アーシャが、先んじて一歩踏み出した。


「……お願いして良い?」


「ええ」


「ありがとう」


「構わないわ」


 短いやり取りを何度かすれば、あとはもう、わたしはただ見てるだけで良い。


 あの女子生徒はいつだかの男子生徒よりも、レヴィアさんよりも強いけど、アーシャなら問題ない。

 もっと言うなら、「『魔法実技』クラストップとしてのアーシャ」程度でも勝てる相手だ。

 

「――妖精共フェアリーズ


 わざわざ近寄ることもなく。

 アーシャはわたしとアリサさんの一歩前に立って、魔法を生成した。


 女子生徒が見せた半透明な何かよりも、もっと透明で澄んでいて、軽やかで強靭な不可視の帯。それが幾本も幾本も、立ち上る影へと殺到する。


「――蠕薙∴縲ょ勧縺代※闍ア遏・蜉ゥ縺」


 女子生徒が発動させかけていた何かしらの魔法を打ち砕いて、そのまま縛り上げる。


―――とらえろ―――にがすな


 ぐるぐるの簀巻きに、四肢も胴も口元も、徹底的に拘束。もちろん、魔法を抑制する効力も付与されてる。


「こんなものね」


 六層の中でもかなり深いアーシャの魔法は、あっさりと、女子生徒を行動不能にした。まだ黒い影は立ち上っているけれど、あれでは物理的にも魔法的にももう何もできないだろう。霊峰の血族のお墨付き。


 更には、地面に縫い付けられた女子生徒の元へ、アーシャの周りにいた妖精さんたちが殺到する。顔の辺りに集まって耳元で何やら囁いてるみたいだけど……


 うん。あれは別に魔法とかじゃなくって、煽りまくってるだけだね。わたしたちに付いてる妖精さんたち、みんな性格が悪いからねぇ。


 ともあれ、今回の騒動はこうして、アーシャの手によってあっさりと収束した。


「――うむ、流石はアーシャ嬢。見事じゃった」


「いえ」


 ウルヌス教授の呑気な言葉に、言われた本人はしかめっ面で肩をすくめて。


「バーナート嬢も、その勇気を称えよう」


「……っ」


 レヴィアさんはそんなアーシャを、憎々しげに睨んでいた。

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