第16話 厳格


「もう少しやる気を出した方が良い」


 なーんてのは、なにもウルヌス教授からだけの評価って話でもない。


 適当に取ってる座学系基礎科目の先生たちは、大体みんな、口には出さずともそんな目でわたしを見てる。


 口に出す人もいる。


「――イノリさん。貴女、今日も話をちゃんと聞いていませんでしたね?」


 アトナリア先生とか。


 『魔術座学基礎』の講義も終わり、のそのそーっと帰り支度をしていたら、先生が目の前に立っていた。すらりと高い背丈から、紅い瞳がこちらを見下ろしている。

 その言葉、その目付き、どう考えても怒っていると思う。


 ……ちなみに、講義を聞いてたかどうかって話なんだけど。


「……えーっ、とぉ……」


 もちろん、聞いていなかった。

 今日も今日とて視線は窓の外へぽいっ、って感じだった。

 正直に言ったら怒られると思う。でも嘘ついても一瞬でばれて怒られると思う。詰んだ。


「……天気が、すっごく良かったので」


「……はぁ」


 なので先を読んで「窓の外を見てた理由」を答えてみたら、返事はおっきな溜め息一つ。よし、怒られなかった。


「イノリさん。はっきり言って貴女は、不真面目が過ぎます」


 怒られた。


「第一回から毎度毎度、話に耳を傾けようという気が――」


 ああ、遂にお説教が始まってしまった。


 アトナリア先生、最初の内はハーフエルフなのに座学基礎なんか取ってるアーシャの方に注目してたみたいなんだけど。当のアーシャはごくごく真面目に、静かに講義を受けてるわけで。

 その隣でぼーっと窓の外ばっかり眺めてる不真面目さんがいたら、そりゃまあ、そっちの方に気が行っちゃうもんだよねぇ。


「――必ず好成績を収めろとは言いません。しかし学ぶ意思を持たないというのは――」


 でも先生、講義中は叱ったりとかしてこないんだよね。

 や、寝てたりすると流石に、だけど。……わたしじゃないよ?


 厳しいのか甘いのか、いまいちよく分かんない先生。

 案外、単に講義を中断したくないだけかもしれないけど。


 まあとりあえず今は、厳しいもーどらしい。


「――兎に角これでは、何の為に講義を受けているのか……聞いていますか?」


 聞いてなかった。やばいね。


「――まあまあアトナリア先生。お嬢様はその、自由人でいらっしゃいますので」


 お説教すら右耳から左耳に抜けていってたわたしを、ここらでアリサさんが擁護してくれた。擁護してくれてるんだと思いたい。


「貴女もメイドならメイドらしく、主人を正しい方向へ導こうとは思わないのですか」


「おごぉ」


 変な顔をしながら変な声を上げるアリサさん。あとで聞いたら「アレは正論で殴られた時に出る声です」って言ってた。

 良く分かんないけど、一発でやられたっぽい。


 アーシャ?机の下でわたしの手をにぎにぎしてるよ。爪先で指をつつーって撫でたりも。真面目な生徒の姿か?これが……


「大体何なのですか、天気が良かっただなんて。訓練場など眺めて――」


「あ、訓練場と言えば、このあいだの件」


 思い切って割り込んでみる。

 アトナリア先生にはこの前の『騒動』について聞きたかったら、いっそ今で。お説教を長引かせたくないって気持ちも、大いにあってのことだけど。


「……今はその話を――」


「ああ、アレは驚きましたね。噂には聞いていましたが」


 アリサさんもすぐに意図を汲み取ってくれて。

 流そうとしたアトナリア先生の言葉を、更に遮る。


「……大した事では――」


「――魔術技量の大幅な向上。先生はどう思われますか?」


 最後に、真面目で先生的にも好印象だろうアーシャまで。

 ちょっと強引だけど、先生の関心を引くには良い質問だと思う。


 アレが「魔術・魔法の力を増幅させる薬物ないし禁術」とかって噂されてるのは、誤魔化そうとした先生自身も良く知ってるだろう。


 魔術の知識を教える、魔術に長けたエルフの教師。


「……この上なく愚かな話です。あんなものに手を出すなど」


 当然、返答も嫌悪を強く滲ませたものだった。


「先生は、アレが何なのか知ってるんですか?」


 知らないだろうと知ってはいても、聞いてみずにはいられない。


「生徒に話すことはできません。ですがどんなものであれ、正気を失い心身を蝕むような物に手を染めてまで、手に入れるべき力などありません」


 だから返ってきたのは、先生の心情。信念、かもしれない。


「能力とは、知識と実践、総称して努力と呼べるものから成る、自ずから生み出されたものを指します。勿論、才能の有無が大きく関わってくる事もあるでしょう。思い悩む事もあるでしょう。ですが、外法に頼って得たそれには、何の価値もない」


 はっきりと断言するその瞳は、真っ直ぐ過ぎるくらいに真っ直ぐで。

 次の質問に、躊躇が少しもないといえば噓になるけど。


「あの男子生徒は、先生の教え子なんですか?」


 教室の窓から見下ろしたあの瞬間、先生の反応は、ただ騒動を目の当たりにしたというだけには見えなかった。

 「あの子」と呼ぶ先生の声には、もっと明確で個人的な感情が籠っていた。


 だから、聞かずにはいられない。


「……ええ、教え子でした。だからこそあれは、私の力不足が招いた結果と言えるでしょう」


 苦しそうに悲しそうに、先生は吐き捨てるように言う。

 過去形になったその結末を、わたしたちは知ってるから。流石にこれ以上、根掘り葉掘りは聞けなかった。


「――さて、私はこの辺りで失礼します。イノリさん。次の講義、当てますからね」


「うへぇ」


 最後に聞きたくなかったことまで言い残して、アトナリア先生は教室を出て行く。

 束ねられた金髪は、あの日よりも小さく小さく揺れていた。


 ……んで、わたしの右手は。

 アーシャと二人分の手汗でだいぶしっとりしてきた。

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