第15話 難題


 マニさんの話を聞いた後、ともなれば。


 次の『魔法実技』の講義、やっぱりレヴィアさんに目がいっちゃうよねぇ。

 や、今までも少しは注目してたんだけどね。


「妖精様、どうかその御力の一端を、わたしに――!」


 すんごい大仰な呼びかけで、レヴィアさんが魔法を発動させる。多分、五層目くらい。彼女の視線の先に立っていたウルヌス教授を飲み込むようにして、炎の柱が生成された。


「――ふむ。精度も威力も申し分ない」


 全身火達磨になるはずの状況。なのにウルヌス教授は、いつも通りの調子でそんなことを言う。

 炎はまだ煌々と燃え盛っていて、その熱気は訓練場の一画を舐めるように揺らめいている。なのに、いつも通りの調子。


「じゃがやはり、少々力が入り過ぎているようじゃの?」


 ふっと、一息。


 ただそれだけのそよ風で、炎の柱は跡形もなく吹き消された。

 後には、焦げ目一つ付いていない元気な好々爺の姿。


「くっ……!」


 対照的にレヴィアさんは、ものすんごい悔しそうに顔を歪めている。額には大粒の汗が浮かんでいて、これじゃどっちが熱波に曝されていたのか分からないくらいだ。


 彼女に付いてる妖精さんも、悔しいような煮え切らないような雰囲気を漂わせていて。


「申し訳ありません妖精様……わたしの力が及ばぬばかりに……!」


 頭を下げるレヴィアさん。妖精さんの浮かべた猶更もどかしそうな表情には、気が付いていないみたいだった。


「……しかし、バーナート嬢が優秀な魔女である事には間違いない。じゃろう?」


 生徒さんたちに顔を向けながらウルヌス教授が言えば、みんな硬い表情ながらも頷いている。

 試験成績二位のレヴィア・バーナートが、この最上位クラス内でもとても優れた人物なのは誰の目にも明らかで。だからこそみんな、羨望と嫉妬が入り混じったかちこち顔だ。しかも毎回言うからね、このお爺ちゃん。



 ――何回か授業を受けてみて分かったけど。オウガスト・ウルヌス老、穏やかに見えて中々容赦がない。

 毎度毎度何かしら、教授に対して魔法を使う課題が与えられて、例えば今日なんかは「ウルヌス教授の服を焦がす」っていうものなんだけど。


 まず、手加減ってものを知らない。

 クラスの誰にも彼にも平等に、実力不足を一切の忖度なく突き付けてくる。

 や、厳密に言うと手加減してくれてるんだろうけど。課題を合格できる程のものじゃ、絶対にない。


 しかも全員順番に、皆が見てる前でやらされる。

 少人数とはいえ集団講義なんだから、当たり前と言えばそうなんだけど……これがまあ、自尊心……えー……――「プライド」――そう、プライドってやつをへし折ってくる。

 このクラスの生徒さんたちは、少なくとも学院内では最も魔法に長けた人たち。自分は優れているって自負も人一倍で、その分、衆目の前で何も達成できないこと自体が、著しくその自負を傷つける。


 ウルヌス教授自身が穏やかな態度なものだから、表面上はなんとか静かでいられてるけど、正直言って、講義中の空気はかなり重い。


「バーナート嬢。君はもう少し肩の力を抜き、妖精との対話を密にしてみると良いじゃろう」


 勿論、こうやって助言もちゃんとしてくれるから、有益ではあるんだろうけど。でもレヴィアさん、毎回同じこと言われてるんだよねぇ……


「……わたしとしては、言われた通りにやっているつもりなのですが……」


 案の定、俯いたままそんなことを返す。


「じゃが成果が出ていないというのであれば、足りぬか間違っているか、ということじゃろう」


 あんまりにも容赦がない言い草。レヴィアさんが拳をぎゅっと握ったのが、わたしの目にも分かった。


「……どの程度足りないのか、どう間違っているのか、ご教授頂きたいのですが……」


 拳だけじゃない。奥歯まで食いしばってるような、そんな声音。


「それは一概には言えぬ。魔法とは、妖精との在り方とは、個々人によって大きく変わってくる。先ずはバーナート嬢自身が糸口を見つけ出さねばならぬ。見つけた糸を手繰る手伝いはできよう。しかしその糸に最初に触れるのは、他ならぬ自分自身でなくてはならない。他の者も、肝に銘じておくがよい」


 言っていること自体は、かなり基本的なこと……らしい。でもそれを最上位クラスの教授が、魔法の界隈での超有名人が言うと、重みもひとしおって感じなんだと思う。


 レヴィアさんはそれ以上何も言い返せず、俯いたまま下がっていった。


「――うむ。では、最後の一人じゃの?」


 で。

 こんな、お爺ちゃん先生にめんたるをぼこぼこに凹まされる講義で、たった二人だけ、毎回けろっとしてる生徒がいる。


 一人はわたし。

 そもそもわたしは魔法なんて使えないんだから、何言われたってノーダメってやつ(これはアリサさんに教えてもらった。アーシャが睨んでた)。まあそのせいで毎回、「イノリ嬢は、もう少しやる気を出した方が良いかものぅ」なんて言われてるけど。


 んで、もう一人。

 このクラスで唯一、出された課題を達成できる魔女。

 ……まあ、勿体ぶる必要もなくて、当然アーシャの事なんだけど。


「……はい」


 膝を抱えて座ってたわたしの両肩を、飽きもせずずーっと揉み揉みしてたアーシャ。低ぅい声で返事をしながら、教授の前へと歩いて行った。

 うーむ、肩にアーシャの温もりが。


「……っ」


 すれ違いざまに、レヴィアさんが睨むようにアーシャを見る。多分わたし以外の生徒さんも気付いてる、それくらいに露骨な対抗意識に、当のアーシャ本人はまるで興味を示していないみたいで。


 視線一つやらないまま、生徒さんたちの間を抜けて所定の位置に付いた。


「……では」


「うむ。いつでも構わぬ」


 短いやり取り。どちらも、構えは取らない。



「――妖精共フェアリーズ



 で、おもむろに、短く、アーシャが妖精さんたちを呼ぶ。

 いつも纏わりついてる何匹か。彼ら彼女らの号令が、更に野良の妖精さんたちを幾匹も呼び寄せて。


 十かそこらの光の影たちが、ふわりひらりと周囲を飛び交う。

 踊るようにはしゃぐように、みんな楽しそうに、アーシャの意思に従って。


 わたしの傍に居る妖精さんも行きたそうにしてるけど。それはちょっと困るから、我慢してもらった。


――――もやせ――――もやせ


 言葉じゃない。

 でも意味を持った息吹で、アーシャの魔法が発動する。


 六層。しかもかなり七層に近い。例えるならもう、七層の膜の上に乗ってるくらいの近さだ。ほら、横で妖精さんも、上手いこと言うじゃんって顔してる。


「……うむ」


 静かに頷くウルヌス教授の傍で、五匹くらいの妖精さんたちがわたわたわちゃわちゃ騒がしそうにしてる。


 眼に見える現象としては何も起こってないけど。その実、アーシャと教授の魔法がせめぎ合っているのが見えた。

 どこでかって言うと……それは……教授のローブで?


 炎とかじゃなくって、『ローブを燃やす』っていうアーシャの魔法と『ローブを燃やされない』っていうウルヌス教授の魔法が、こう、ローブっていう存在の中で争ってる、みたいな?うん、なんかそんな感じ。


 見えるけど、ちゃんと理解してるわけじゃないんだよー。わたしは。


 とにかくそうして、少しのあいだ押して押されてを繰り返していた均衡が、やがてアーシャの優勢へと傾きだす。

 一度釣り合いが崩れれば、そこからは一気呵成に。


「…………」


 アーシャはもう無言のまま、けれどもすぐに、『燃やす』魔法が『燃やされない』魔法を完全に下して。


「……お見事」


 もう一度小さく頷いたウルヌス教授の言葉通り、その白いローブの端から、めらめらと小さな火が上がっていた。


「――六層の魔法としては最上級の物じゃ。素晴らしい」


 それを今度は『火を消す』魔法であっさり消化しながら、お褒めの言葉を一つ、二つ。


「……じゃが。七層に至るには、足らぬ」


 かと思えば、しっかり駄目出しもしてくる。

 まあ教授は、アーシャなら七層まで行けるって期待してるっぽいしねぇ。


「……精進します」


 でもアーシャ自身は、短く返すやあっさりとウルヌス教授に背を向けた。明らかに気にも留めてない様子で、足早にわたしのところまで戻ってきて、また肩を揉み揉み。


「お疲れさまー」


「別に、大した事じゃないわ」


 揉まれる方が労をねぎらう、よく分からない構図になってる。


「あー……うむ。そうじゃな、精進すると良い」


 流石に微妙な表情をしたウルヌス教授と、もはや憎々しげって言って良いんじゃないかって目のレヴィアさんが、揃ってこっちを見ていた。


 そんな、『魔法実技』の講義。


 終わってから、遠くから観てたアリサさんに「何か空気悪くないですか?」って言われた。

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