第14話 幼馴染


「おー幼馴染かー」


 親近感覚えちゃうね。

 だった、って言い方は気になるけど。


 幼馴染に過去形とかあるの?

 なんて疑問を抱くわたしを置いて、アリサさんが話を膨らませていく。


「失礼ながら……確かストレングスとバーナートは、それぞれ武と魔法の名門と知られる家系だったかと存じますが」


 え、そうだったんだ。

 元々知ってたのか調べたのか、どっちにしろ何で教えてくれなかったんだろう。

 ……わたしが聞かなかったからか。うん。


「……はい、一応は……」


 頷くマニさんの口から、その辺りのおいえ事情が語られる。


 正式な貴族とかではないみたいだけど。ストレングス家は武道に、バーナート家は魔法に秀でた家系ってことで、両者とも王都内では結構有名な一族らしい。

 ただ、なまじっか境遇が似てて、かつ技量の方向性が真逆だったものだから、お互いがお互いのことを……えー……ライバル視してた、と。


 そういう話を簡潔にするマニさんは、楽しそうだけど寂しそうな、複雑な表情をしてる。思い出に浸ってるってやつだね。


「そうだったんだ。ごめんね、なにぶん田舎暮らしなもので」


「……いえ……」


 普通に接しちゃってたけど、やっぱりマニさん、凄い人だったみたい。

 バーナートさんは、現状ほとんど交流がないからよく分からないけど。でもあの人、アーシャのこと目の敵にしてるんだよねぇ……


 なんて、まだ数回程度の『魔法実技』を思い起こしているうちに。マニさんの話はお家のことから、彼女とバーナート……あー、ややこしいな……レ……レ――「レヴィア」――そうそう、レヴィアさんとのことに繋がっていってた。


「……レヴィアと私は同い年で……お互い、両親から「あいつにだけは負けるな」と……そう言われながら、育ってきました……」


 どちらも幼少期から王都内の将来有望ちゃん向け教育機関に通っていて、毎日のように顔を突き合わせていた、らしい。


「……学年が上がり、学び舎を移し……その度にずっと、同じ学校で……」


 学校って概念、そこにずっと通い続けるってこと自体が、わたしには今一つ良く分からないものだけど。

 確かにそれは、アーシャと一緒に父様母様集落の皆から色々教わってた自分の幼少期と、重なる部分もある気がするというか。同じ『幼馴染』って言葉で括っても差し支えない程度には、マニさんの表情に親近感を覚えるというか。


「文字通り、ずっと一緒に育ってきたんだね……ほんとに敵対してる家系なの?」


 その分首を傾げれば、アリサさんがすぐに補足を入れてきた。


「本気の敵対というよりも、好敵手のような間柄だったのかと」


「……ええ、まさしく……」


 なるほどねぇ。関係としてはそこまで劣悪なものではなかった、と。

 わたしとアーシャも、昔は喧嘩とかしてたしなぁ。


 ……そんなアーシャは今、仏頂面のままわたしの髪の毛を弄ってます。ぽにーてーるを解いては結び解いては結び。多分、暇なんだと思う。


「……アリサさんの言葉通り……両親も私たちを、切磋琢磨する間柄と認識していたようで……」


 専門が違うから、直接対決するようなことはほとんど無かったみたいだけど。その分、各々の得意分野でずっと同世代の先頭を走り続けてきて。総合成績っていう点では、拮抗する好敵手。


「中等部を卒業し、一年ほどの時間をおいて……私たちは『学院ここ』で、再会する約束をしていた……の、ですが…………」


 『学院』はそれこそ、国中から優秀な若者たちが集ってくる王国内教育機関の最高峰(って指令書に書いてあった)。王都内では文句なしに優秀な二人でも、流石に準備期間が必要だった。


「その間に疎遠になっちゃった、ってこと?」


 さっきの『だった』なんて物言いを思い起こせば、結末としてはそんなところだろうか。いや、結びって言うには、早計過ぎる気もするけど。


「……たかだか一年……再会すればまた、昔のように居られると思って……なのにレヴィアは、私を……――!」


 強まる語気。でもそれが自分自身に響いたのか、マニさんはふと目が覚めたみたいに、小さくかぶりを振った。


「――……?」


「どうかした?」


「……いえ、あの……すみません。ここまで話すつもりでは……」


 眼を瞬かせ……てそうな声で、急に話を終わらせて。

 わたし、アリサさん、最後にまだわたしの髪を弄ってるアーシャへと顔を向けてから、そそくさと立ち上がった。


「……その、ありがとうございました……また、次の講義で……」


 何に対するお礼なのかも判然としないまま、空いたトレーを手に、足早に去っていくマニさん。

 やがてその背が視界から消えた辺りで、周囲の喧騒がわたしたちの耳に戻ってくる。意識の問題とかじゃなくて、アーシャが遮音の魔法を解いたから。


「……えらく慌ただしい最後でしたが。確かに少々、饒舌に過ぎる気はしましたねぇ」


 置き土産のように残ったマニさんの戸惑いは、アリサさんがしっかり引き継いでいて。わたしたちとマニさんの交流度合いを考えれば、開けっ広げに話し過ぎじゃないかなっていうのは、まあ、その通り。


「……そういう気分だったんでしょう」


「かもねぇ」


 アーシャの素気無い一言に、わたしも軽く頷いておく。


「気分、ですか」


 やっぱり首を傾げてるアリサさんだけど……実のところよくよく知ってるその理由を話せるほど、まだこの人のことを信用してはいない。ごめんだけど。


候補・・、なのよね?」


「まあ、そうだねぇ」


 他の誰にも聞こえないように。わたしたちの間にしか行き交わないように。

 そんな風にアーシャが調整した、短いやり取り。


 その後の一言は、当然、アリサさんの耳にも届くように。


「……ま、いいんじゃない?わたしたちも部屋に戻ろう」


「ええ」


「あ、ハイ」


 のそのそと立ち上がり、空の器を返却して、わたしたちは食堂を後にする。


 その頃にはわたしの髪は、無理やりひっつめたお団子もどきみたいになってた。

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