第13話 本題
「……先程の講義…………皆さんの事を、少し見ていたのですが……」
「うんうん」
「……イノリさんの不殺は……何か、理由があるのでしょうか……?」
夜の帳のような前髪越しに、マニさんがわたしに視線を向けてくる。
「うーん……家庭の事情?」
嘘はついてない。うん。
「……家庭の……」
呟きながらマニさんは、今度はアリサさんの方に視線を向けた。多分。目元が見えないからよく分かんないけど。
「えっと……貴族の方、とか……ですか……?」
「んー……」
世間知らずなお嬢様、ってことにはなってるけど。
なんて答えたものか…………いいや、ここはアリサさんに任せよう。
「――ちょっとした名家の生まれ、とだけ」
わたしの目配せ(と、アーシャの一睨み)を受けて、我らがメイドさんが簡潔に答える。
「……名家……」
「あまり畏まらなくて大丈夫ですよ。御覧の通り、従者たるワタシが食事を共にしているくらいですから」
カレーうどん、跳ねたら染みになっちゃいそうだなぁ。
「――私だって好き勝手言わせて貰ってるし、そこまで偉いって訳ではないわよ。ただ世間知らずなだけで」
補足するようにアーシャが言えば、分かったのか分かってないのか、マニさんは小さく首を斜めに振って見せた。
そういえば、アーシャとマニさんが会話するの初めてかも。
「……貴女……アーシャさんは、イノリさんの……」
「専属の魔女。と言っても、幼馴染みたいなものね」
子供の頃からの間柄って意味では、あながち間違いでもないだろう。
こーいうのは適度に真実を混ぜた方が説得力が出るのだ。あと楽。
ぴくっと肩を震わせるマニさんの反応がどういうものなのかは、今一つよく分からなかったけど。
「お二人は幼少期より大変仲睦まじく在らせられましたので、もうばりばりタメ口なんですよ」
更に追従するようなアリサさんの物言いは、まるで見てきたかのようなそれだ。ていうか、なんか口調が変。不安定?っていうか。ばりばりー。
「……成程……?」
ほら見たことか、マニさんも「はぁ……?」みたいな顔してるじゃん。上半分見えないけど。
しょうがない、ここはお嬢様たるわたしも口添えしてあげましょうかね。
「うん。だからマニさんも、今まで通りで良いよ」
今まで、っていうほど仲良くなった記憶もないけどね。
「……ありがとう、ございます……」
「うむうむ。あ、わたしもマニさんの様子見てたけど、凄かったね。あんなに踏み込んでも目元が見えないままなんて」
アリサさんが「あ、そっちですか……」とか言ってる。だって、凄く綺麗な拳の入れ方だったし。左脚から入って、全身を上手く使った一撃。あれだけ力の流れが乗ってれば、余波で前髪くらいはふわっと浮きそうなものだけど。
「……私……前髪、重いので……」
「なるほどぉ」
アリサさんが「そういう問題ですか……?」とか言ってる。本人がそう言うんだったら、そうなんじゃないの。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
会話、終了。
再三だけど、わたしもアーシャも饒舌な方じゃないし。マニさんも物静かな人っぽいし。アリサさんは様子見なのか何なのか、いつもの3分の1くらい静かだし。弾みようがないよね、まあ。
「…………」
「…………」
既にアーシャは我関せずで、食後のフルーツサンドに手を付け始めてる。
マニさんも黙々と、でもやっぱり豪快に、残り半分のステーキをどんどん減らして行って。
「……ごちそうさま、でした……」
結局、最初に完食したのは最後に食べ始めたはずのマニさん。
わたしとアリサさんは、ほら、汁を味わっているのです。
「…………」
「…………」
……うーん。
こういうのは、あんまり柄じゃない。とは、思うんだけど。
「……マニさんさ」
「……はい……」
声を掛ければ、小さな呟きが返ってくる。
話し方まで静かな夜の
「さっきの話がしたかったわけじゃ、ないんでしょ?」
「…………あの……えっと…………」
不殺がどうとかお家がどうとか。正直、マニさんの本題はそこにはないような気がする。勘だけど。わたしのことを知りたいと思うほど、まだ仲良くはなってないんじゃないかな、って。
「…………すみません。会話の切り出し、というものが……苦手で……」
「うんうん、わたしもだよー」
気の利いた世間話なんてできない。何せ辺境の山育ちなんだから。
だから逆に、そういう前振り?みたいなのもいらないと思ってる。
「だから、何か聞きたいことがあるんなら、ずばっと言っちゃって?」
どうぞどうぞ。
って、視線で促してみる。
「…………イノリさんと……アーシャさん、は…………」
マニさんはちょっとの逡巡を見せながら、でも観念したように、両手をぐっと握り込んだ。
「……『魔法実技』で、ウルヌス教授のクラスにいると……聞きました……」
「そうだねぇ」
何かと思えば、出てきた単語は魔法実技。妖精も纏わりついてないし、魔法とは縁遠そうな印象だったから、ちょっと意外だ。
「……そのクラスに……あの…………」
ここでもう一度、少しの躊躇い。ほんの一瞬だけ、ね。
「…………レヴィア・バーナート、という生徒が……いると、思うのですが…………」
「……おぉー」
バーナートさんの名前が出てくるとは。
思ってもみなかった繋がりに、ちょっとびっくり。
「お知り合い?あ、お友達とか?」
バーナートさんは、いくつだったかな……まあ大人びて見えるし、マニさんと年も近いのかもしれない。
そんなことを思いながら聞いてみたら。
帰ってきたマニさんの呟きは、ついさっきのアーシャの言葉を借りたような、でもどこか、少し寂しそうなものだった。
「…………レヴィアとは、その…………幼馴染…………でした…………」
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