第12話 不殺
ほんの少し前まで緑がほとんどを占めていた光景に、ヴォルフの血で赤い斑点が塗されていく。
気の効く生徒さんなんかは、なるべく中身が飛び散らないように始末してるけど。派手好きな人とかちょっと不器用な人とかはもう、ぐしゃーぶしゃーって感じ。白くてつるつるした天井からの人工的な光が、殊更にその赤を強調させるような。
「よっ」
アリサさんが、逆手に構えた、えーっと……コンバットナイフ、そう、コンバットナイフでヴォルフの首を掻き切る。半身で攻撃を躱しての、すれ違いざまの綺麗な一撃。
「おぉー」
さすが忍者。
切り方が上手いのか、返り血ひとつ浴びずに脇に退く……その後ろから、更に三頭。
「一頭多いよー」
こんな雑な実習じゃ、一人一頭を遵守するのも一苦労だ。まあ、そこも含めてのお手並み拝見、なんだろうけど。
一瞬、アーシャが魔法で一頭を誰かに押し付けようとしたけど、視線で制する。近接戦闘系の講義で魔法使って良いか分かんないし。いや、魔法だって立派な戦術だけど。一応、ね?
「よっ……こいしょーっと」
飛び掛かってきた最初の一頭を、掴んで、投げる。
牙を躱して爪を潜って、腹の下に入り込んだら、後は下から掬い上げるだけ。近くの、相手がいなくておろおろしてた生徒さんの方にぽいっと。
「アーシャー」
「ええ」
続く二頭目、低い姿勢で駆けてきた子の相手は、アーシャがしてくれた。
ヴォルフの斜め前に躍り出るように。相手からすると、わたしの影から生えてきたみたいな、静かな踏み込み。
そのままアーシャは、地面に押し付けるようにして狼の脳天へと短刀を突き立てて。更にその横から襲ってくる三頭目は、これまた入れ替わりでわたしが相手をする。
少し折れたアーシャの腰に手を置いて、ぴょんっと一足飛び。下あごを蹴り上げて転倒させ、アーシャと同じ短刀で四肢の健を切っていった。
アーシャと同じって言うか、アーシャがわたしと同じのを使ってるんだけどね。
「ごめんねぇ」
脳を揺すられて、手足も駄目にされて。朦朧としてるはずの意識でなおこちらを睨み付けるヴォルフに、一言だけ謝っておく。
アーシャに脳天を貫かれた子は既に絶命していて、放り投げた一頭目ももう、さっきの生徒さんに処分されてた。
「お見事ですお嬢様、アーシャ様」
そばに戻ってきたアリサさんが、澄まし顔で褒めてくれる。
曰く、メイドさんは隙あらば主人を褒め称えるものらしい。うんうん、今日もしっかり職務を全うしてるね。
「むんっ」
お嬢様だし、力こぶとか作ってみる。
多分違うと思うわよって、アーシャに囁かれた。
「――お前」
不意に、マッケンリー教官が声をかけてくる。
他の生徒さんたちはあらかた自分の分を終えていて、教官はわたしたちを注視してたみたい。
「殺したことが無いな?人も獣も」
満身創痍だけど致命傷は負っていないヴォルフを見ながら、すぐさま確信を突いてくる教官。流石に、分かっちゃうよねぇ。
「はい」
「不殺を軽んじるわけではない。実力の伴うそれは、並々ならぬ信念から成るものだ。だが、いつか足元を掬われる可能性があることは、勿論分かっているだろうな?」
今、わたしの足元で横たわっている狼には、まだ牙も爪も闘志も残っている。意識が回復して、まだわたしがここに突っ立ていれば、間違いなく噛み付いてくるだろう。
だから、そうはならないように。
「――大丈夫です。代わりに私が殺すので」
アーシャが、この子の喉笛を切り裂いた。
呻きすらなく、あっという間に命を失ったヴォルフに、マッケンリー教官が一つ頷く。
「……そうか。ならこれ以上は言うまい」
振り返って歩いていくその背中。生徒さんたちに号令をかける教官に、小さく頭を下げておいた。
「いつも悪いねぇ」
「別に。構わないわ」
アーシャにも、お礼を一つ。
◆ ◆ ◆
わたしもアーシャも、それからアリサさんも。
基本的に食事は寮で食べてるんだけど、たまには食堂に行ったりもする。いつどこで何が起こるか分からないって、この前の騒動で分かったから。一応、食堂とかの空気感も知っておいた方が良いかなってことで。
「――……あの」
で、端っこの方の席でお蕎麦啜ってたら(薄味が好き)、聞き知ったお声が。
顔を上げると、相変わらず前髪で両目を隠したマニさんがとれい……トレーを持って立ってた。
「ご一緒して……良いですか……?」
四人掛けの席に三人で座ってたから、席は一つ空いてる。
「どうぞー」
アーシャの向かい、アリサさんの隣を手で指したら、マニさんは小さくお礼を言いながらそこに座った。
「……いただきます……」
置かれたトレーの上には、本人の顔くらいあるでっかいお肉。石皿の上でじゅーじゅー鳴ってるそれを、パンと一緒に豪快に食べ始める。
「…………」
「…………」
「…………」
わたしとアーシャは、元よりそんなに会話が多い方じゃない。
いつもはアリサさんが色々話を振ってくるけど、今日は突然のマニさん襲来に無言を貫いている。
ちなみにアーシャはサンドイッチ、アリサさんはカレーうどん。強烈にカレーうどんをおすすめされたけど、味が濃そうだったから一旦遠慮した。
そんな感じで、各々静かに食事をしてたら。
「……あの……」
やっぱりマニさんの方から、声をかけてきた。
まあ、そうだよね。でなきゃ何のために同席したのかって話だし。
既に半分くらい食べ終えた、えー……ステーキ!ありがとアーシャ、ステーキの残りを切り分けながら、前髪越しの視線をこちらへ。
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