第11話 生物
件の男子生徒の騒動。
目の前で見てたわたしたちからしたら立派な『騒動』なんだけど、学院全体で見れば「なんかそんなことがあったらしいよー」くらいのものだったらしくて。
一週間もした頃には、すっかり話は風化しちゃってた。どうやら都会では、出回るのも飽きられるのも早いらしい。噂っていうのは。
「ちょっと路地裏に入れば薬のやり取りとかもしてますからね、そう珍しくも感じないんでしょう」
って言うのはアリサさんの弁。
アレを薬物乱用者の暴走だと捉えれば、よくある話……とまでは言わないけど、王都じゃまあ、怖いねーで済ませちゃう程度なんだって。怖いね。
集落では「誰それが指の骨折った」くらいの話で半年は盛り上がれるのになぁ。
まあ要するに、学院的には問題をあまり表沙汰にしたくないって意図もあって、もういつも通りの元通り。誰もそれに疑問を抱かない。あれの異常性を……あれが
なので今日も、普通に講義が行われているのであったー。
「よし、全員揃ってるな」
三回目の『剣術実技』と『格闘術実技』の講義は合同で、早くもモンスターと戦わされることに。まあ、最上級クラスにいる人なんかはみんな、入学までに実戦経験もある程度は積んでるから、早計ってわけでもないんだろうけど。
グラント教官夫妻に連れてこられたのは訓練場……ではなくて、生物研究棟に隣接された大きな平屋の建物。すんごい大きい。訓練場より全然大きい。入ってみたら、中はたくさんの小部屋(て言っても大きいけど)で仕切られているみたいだった。
この建物だけは材質が石でも煉瓦でもなくって、なんか、つるつるしてて白っぽい。歩くときゅっきゅって鳴って変な感じ。正直、学院全体の雰囲気からはちょっと浮いてるかも。
なんて不思議がってる間にも、教官たちはどんどん先に進んで行っちゃう。
「研究科の者達には話を通してある。全て処分してしまって構わないとさ」
なんでも、ここでは生物研究科の人たちが飼育したり繁殖させたり培養したりしたモンスターたちが飼われているらしくって、その殺処分も兼ねて定期的に実技系講義で利用してるんだとか。合理的だね。
「毎年のように生物愛護団体から苦情が来てるが、まあ、知らん」
夫・マッケンリー教官の発言に、生徒さんの大半は苦笑してる。
「生物愛護団体って?」
「人間も動物もモンスターも平等だってことで、特に後者二種の保護の為に活動してる人達ですね」
「へぇー」
聞いてはみたけど、あんまり興味はない。
都会は色んな人がいるんだなぁって感じ。
教官たちの話を適当に聞き流しつつ、分かんないことはアリサさんに聞いたり。そうこう歩いているうちに、目的地に着いたっぽい。
「――今日は、ヴォルフと戦って貰うわ。あんた達のレベルなら手こずる事はないでしょうけど、ま、お手並み拝見って所ね」
ヴェルナ教官に促されて入った小部屋は、中でさらに透明な壁に区切られてる。壁の向こうは、土草の敷かれた人工的な自然環境。これだけ区切られてもまだ広いその草原もどきにいる、灰色の一群。
「わぁ、大狼だ」
「おや、ご存じなんですね」
小さく呟いたら、アリサさんも同じくらいの声で返してきた。
あ、アーシャの魔法のお陰で、聞かれたくない話は周囲に聞こえないようになってます。アーシャ凄い!
「ちょっと色とか大きさとかは違うけど、霊峰にもいるよ」
大の大人の身の丈を超える、大きな狼。霊峰のはもっと白くて大人しめだった気もするけど、目の前の灰色な奴らは、あからさまな敵意をこっちに向けてきてる。
「へぇ。霊峰というくらいだから、モンスターなんて住めないのかと思ってましたが」
「なんで?」
首を傾げるわたしに合わせて、アーシャの視線もアリサさんの方へ。
「いや、だってほら、モンスターと言えば邪悪な生き物……みたいな風潮ありますし」
「そうなの?わたしたちは特に、気にしたことないけどなぁ……ていうか、邪悪な生き物なのに愛護団体っていうのがあるの、変じゃない?」
「や、や、そうなんですけど。こう、人の世も色々と言いますか……」
「……都会って、面倒なのね」
黙って聞いてたアーシャの、締めの一言。全面的に同意だね、うんうん。
「――よし。面倒事は嫌いだ。全員で入れ。この人数なら問題なく視られる」
大狼の説明を終えたらしいマッケンリー教官の大雑把な号令で、わたしたちは透明な壁(強化ガラスって言うんだって)の扉を開けて、草原の中に入る。
……草原の中に入るって、変な表現だね。
「一人一頭までよ。終わったら食われないように逃げ回ってなさい」
ヴェルナ教官の言葉と同時に、すらいどどあとやらが素早く閉まって。当然、ガラス越しにずっとこっちを威嚇してた大狼――「ヴォルフ」――そう、ヴォルフたちは、雄叫びを上げながら襲い掛かってくる。
我先にと入っていた先頭の一人が……って、マニさんじゃん。うん、マニさんが右の拳で最初の一頭の顔面を潰す。こう、ぐしゃっと。左脚で踏み込んで、飛び掛かってきた大狼に綺麗な一撃。流石だねぇ。
それを見て感化されたのか、二番手三番手、後続の生徒さんたちもどんどん攻め込んで行って。
「わたしたちは、後ろの方でいっかー」
「そうね」
「了解ですっ」
反対にわたしたちは、色々飛び散る作られた草原をゆっくり歩いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます