第4話 学生寮


 潜入在学中は、学院の寮に住むことになってる。

 わたしとアーシャは二人部屋、アリサさんはその隣の一人部屋。

 もの凄く都合が良い部屋割りだけど、理事長の息がかかってるからまあ、当然といえば当然だ。


 で、そう多くもない荷物をほどいて。アリサさんは「今日は夕食時に合流します」って言ってたから、それまで部屋でのんびりできる……と、思ってたんだけど。


「おぉー。アーシャ、アーシャ、すんごいぽよんぽよん」


「そうね」


 初めて触れるベッドの跳ね具合に、ついついちょっとはしゃいでしまった。

 や、ベッドってやつの存在自体は知ってたよ?さすがに。


 でもうちの集落じゃ、どの家も敷布団だったからねぇ。実際に座ってみると、これは新感覚。都会の良いところが一つ分かった。


「良い生地ね」


 シーツ?を撫でながら言うアーシャ。顔には出てないし、わたしほどじゃないけど、アーシャも満更でもないみたい。睡眠環境は大事だからねぇ。


 ベッドは二つ、それぞれの傍に机も一つずつ。小さめの箪笥も一つずつ。更には共用のお手洗いにお風呂に簡易的な台所まで。ちょっと手狭ではあるけど、必要な設備は大体揃ってる。寮の中でも一番良い部屋らしい。

 理事長は「共同生活の場という概念を真っ向から否定する最高グレード(?)」って苦笑してたけど、わたしたちはお互い以外と共同生活を送るつもりがないから好都合だね。


 ただ台所に、見慣れない道具、良く分からない道具がいくつか備え付けられてる。まあ都会の家財道具なんて、分からないものの方が多いだろうけどね。


「んで、これはー?」


 近くまで寄ってみたそれは、わたしの腰くらいまである正面片開きの箱。材質はつるつるしてて……分かんない。硝子ではないと思うけど。開けてみたら中がひんやりしてた。


「……冷蔵庫、だよね?」


「ええ、多分」


 アーシャがベッドに腰かけたまま、遠目に空っぽな中身を覗き込む。


 魔術式っぽくて、よく見ると後ろの方から壁に向かって線が伸びていた。うちにもアーシャの魔法で冷やしてた木箱やつがあったけど、それとは材質も仕組みも全然違うみたい。


「まあ、使い方は一緒でしょ」


「でしょうね」


 冷蔵庫なんだから、物を入れて冷やす。それだけ分かってれば十分、十分。


「……で、こっちは?」


 問題は、その冷蔵庫の上に置かれている、これまた片開きの戸が付いた箱。こっちも線が伸びてて、材質は良く分からなくて、まあ十中八九魔術式。


「加熱器?」


「加熱……」


 妖精さんに聞いてみたらそんな言葉が返ってきたけど、それだけじゃ……ねぇ?

 まあ彼ら彼女らの言葉が要領を得ないのはいつものことだし、そもそもこれは妖精じゃなくて人が使うモノなんだから、良く分からないのも当然だろうけど。


「竈とかとは……違うっぽいけど」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………まあ、いっか」


「…………そうね」


 あとでアリサさんにでも聞けばいいでしょ。

 知らないものは触らない。面倒臭いし。


 というわけで、差し当っては。


「あーしゃぁー」


 お昼寝でもしよう。


「むぇ」


 座ったままのアーシャに飛び掛かってみたら、あっさり押し倒せた。これは布団でもベッドでも変わらないね。反動で二人一緒にぽよって跳ねるのは、ベッドならではだけど。


「痛……く、ないわね」


 敷布団いつもなら顔を顰めるところを、不思議そうに、感心したように言うアーシャ。


「凄いね、ベッド」


「ベッドというか、マットというか」


 何でもいいけど、これはうちに導入しても良いんじゃないだろうかってくらい。


「今回の仕事が終わったら、一式買って帰れないかな」


「魅力的だけど、運ぶのが大変そうだわ」


「そこはほら。その時のわたしたちに頑張ってもらう感じで」


 みたいな会話しながら、アーシャの胸の上に頭を預ける。重たくて息苦しいと思うんだけど、本人曰くそれが良いらしい。飛び込みだって、痛い痛いって言いつつ毎回受けとめてくれるし。

 ほらまた、いつの間にか両手で抱きしめられてる。


「随分気に入ったみたいね」


「うん。あ、でも、ベッドも良いけど……やっぱりアーシャの方があったかいし、柔らかいねぇ」


「当り前じゃない」


 何をいまさら、って顔。が、胸に顎を乗せたままじゃ、良く見えない。


「んー……」


 ので、手を伸ばして枕を探す。アーシャの頭の向こう側、指先に引っかかったそれを、手繰り寄せて。


「んー」


「ん」


 頭を上げさせて、その下に滑り込ませて。

 枕一つ分、アーシャの顔が高くなった。


「これでよし」


「はいはい」


 いつも通りのジトっとした瞳が、少しだけ見下ろすように、こっちを向いている。気分良く、宙に投げ出されたままの足を揺らしたら、右の指先が、同じく宙ぶらりんだったアーシャの足に触れた。


「不思議な感じだねー」


「高さがあるから、ね」


 両足をぱたぱたさせてみると、その分だけ、アーシャの足にぺしぺし当たる。なかなか楽しい。揺れに合わせて、ベッドがぎしぎし、微かな音を立てた。


「……こら」


「わっ」


 でも、流石に痛かったみたい。アーシャの方から両脚を絡めてきて、動かせなくなっちゃう。


「動けない」


「大人しくしてなさい」


「はーい」


 左手で腰、右手で頭までぎゅっと抑え込まれて、全身身動きが取れなくなって。

 まあ、そもそもお昼寝でもって話だったんだから、何の支障もないんだけど。


「夕飯の前には起こすわ」


「お願いねー」


 ゆっくりゆっくり。

 頭を撫でる間隔と心臓の拍動が完全に揃っていて、上から下から、わたしの思考を微睡ませてくれる。


「おやすみ、アーシャ」


「ええ、おやすみ」


 すぐに瞼も開かなくなって、アーシャの胸に沈む。

 場所は大きく変わっちゃったけど、やっぱりアーシャと二人なら、まあ、何とかなりそうな気がした。

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