第3話 面会


 自動車から列車。

 田舎から都会。


 進めば進むほど人の数は多くなっていって。

 喧騒が大きくなり過ぎて、あまりのうるささに煩わしいって気持ちさえ麻痺していった。

 もちろん嘘。やっぱり面倒くさい。


 息苦しくなるくらい人間ばっかりな王都。

 もう一度ちっさい自動車に乗って『学院』に向かうあいだ、窓から街の様子を眺めていて、二つ分かったことがある。

 一つは、アーシャは人と比べて発育が良いってこと。

 もう一つは、わたしはだいたい普通くらいってこと。

 着てるのが踝くらいまである緩い貫頭衣だから、傍目には分かりづらいだろうけど。

 ちなみに、アリサさんはわたしたちの中間くらい。


 そういうことを考えてるうちに、わたしたちは『学院』に到着して。

 自動車を降りて、建物の中へと入っていく。


「本当に感動とか無いんですね……」


 廊下を歩いている最中、前を行くアリサさんが言う。


「うん」


 だってこんなおっきい建物、歩くの絶対面倒くさいって。

 アーシャなんてほら、妖精たちにぶつくさ文句言ってるし。


 幸い、今はお休み期間中らしく人気があんまりなくて、街中よりは落ち着くけど。ここに来るまでにいい加減慣れた石畳の通路を進むことしばらく。


「ここです」


 本棟とやらの、一番高くて奥の方に、目的の部屋があった。

 扉は、到着するまでに見たどの部屋のものよりも豪奢な両開き。


「……では一応、今よりワタシはお二人の従者となりますので」


 部屋の中のお相手はこっちの事情を知ってるけど、まあ、役に入っておくに越したことはないって感じかな。


「ええ」


「お願いしまーす」


 わたしたちはどうせ演技とかできないから、いつも通り、いつも通り。

 こちらが小さく頷いたのを確認してから、アリサさんが遠慮なくノックした。


「――失礼いたします、理事長殿」


 そこは殿なんだ。様とかじゃないんだ。

 ちょっと忍者が漏れてる気がしないでもない。


 とか思ってるうちに、中からお返事。初老の女性っぽい声。


 扉を開けるアリサさんの横を通って、わたしとアーシャが先に入る。


「――ああ、貴方がイノリさん、ですね」


 部屋の真ん中で事務作業をしていた女性が、立ち上がって声をかけてきた。

 この人がこの『学院』の理事長さん、らしい。


「はい。霊峰の血族、当代、イノリです」


 ごめんだけど、このくらいの人間に対する礼儀とかは習ってない。そういう血筋でもないし。なので敬語はてきとーだ。


「わたくしは当学院の理事長、アドレア・バルバニアと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」


 白っぽい金髪を後頭部でかちっとお団子に――「シニョン」――そうそれ、シニョンにしたアドレアさん。物腰は柔らかだけど、名前の印象通りなんか強そうな感じがした。

 だいたい、柔和な口調の人間ほど食えないっていうのは、父様を見てればよく分かることだし。

 服装は――よく分かんない。都会の服なんて全然知らないもん。

 あとでアーシャに聞いたら「多分、スーツ」って言ってた。




 ◆ ◆ ◆




「――その若さで当代とは、きっと多大な努力をされてきたのでしょうね」


 アーシャもアリサさんも、それぞれさらっと自己紹介。

 その後は向かい合わせのソファに座って、ちょっと雑談みたいな雰囲気になってる。


「ええ、まぁ」


 努力の度合いは分からないけど、霊峰の血族は代々、若いうちから代替わりする。わたしが当代を継いだのだって三年前の話だし。……っていうのは多分、言わないほうが良いんだろうなぁ。隣のアーシャが肘で突っついてきたし。

 わたしたちの後ろではアリサさんが立ったまま、静かに様子を窺ってる。


「しかし驚きました。まさか王立政府内に、こんな部署が実在していただなんて」


 理事長さんは一見、お上品でお話し好きな……えーっと……そう、マダム(ちゃんと覚えてたよっ、アーシャ!)みたいな感じ。変な形の高そうな湯飲み――「ティーカップ」――そうそれ、ティーカップ片手に色々と話しかけてくる。

 背筋が綺麗に伸びてるなぁ。


「シンレイ庁、でしたか。正直なところ、オカルトの類かと」


「そうですか?お上には、そちらから支援を求めてきたって聞いてますよ」


 『学院』は国や王都とは独立した機関、らしい。

 その学院が困り事に見舞われて、王都に助けを求めたのがことの始まり、らしい。

 それで王都側が調査して、結果、王立政府に助けをー……らしい。


 らしいらしい。

 公僕の末端に回ってくる情報なんて、らしいらしいのらしい尽くしだ。


「ええ。長く学院を悩ませるこの事象、恥ずかしながら我々の手には余ると判断したものでして。ですがまさか、こういった手合い・・・・・・・・のお話になろうとは」


 なるほど。ということは学院側は、ことの輪郭すらもまるで掴めていなかった、って話なのかな。まあ、仕方ないといえば仕方ないけど。


「お上からも言われてるとは思いますけど、わたしたちの管轄・・については、くれぐれも内密に」


「ええ、それは勿論……と言っても、噂に広めようとも、誰も信じはしないでしょうけれどもね」


 理事長さん的にはここが笑いどころだったらしく、おほほほって感じでお上品に笑ってる。

 一応わたしも、ちょっと笑っておいてあげた。

 アーシャは最初から一貫して仏頂面。

 アリサさんは、澄まし顔。


「――ところで」


 ひとしきり笑ってから、理事長さんの雰囲気が少し変わった。


「そちらはそちらの権限で、自由に調査するとの事でしたが」


「はい。お上からはそのように」


「……その『お上』からの細かな指示は、書面か何かで頂いているのですか?」


「ええまぁ。指令書という形で」


「……その指令書、見せて頂いても?」


「……どうぞ」


 多分これが本命だったんだろう。

 わたしがあっさり、鞄から紙束を差し出したのを見て、理事長さんの右の眉が少し上がった。


「……さっぱり読めませんね」


「でしょうね」


 だってこれ、血族の当主直系しか読めないし。アーシャはなんとか解読しようと毎度毎度睨めっこしてるけど。

 多分「血」とかに起因するやつだから、読み方の説明すらできないんだよねぇ。

だから今回の潜入捜査、お上の本当の狙いはわたしと父様と、わたしが全部話したアーシャしか知らない。


 もちろん理事長さんも、そう簡単にいかないとは思ってただろうね。


「――まあ良いわ。その道のプロの手を借りる以上、企業秘密という物がある事くらい、こちらとしても承知の上ですもの」


 こわーい雰囲気を霧散させて、笑顔で指令書を返してきた。

 きぎょーっていうのが何なのかは分からないけど、ここはそれっぽく頷いておこう。うんうん。

 あとでアーシャに「公僕は企業勤めとは違うらしいわよ」って言われた。


「まあ、そんな感じなので。勿論、何か分かったらその都度、報告はしますから」


 全部とは言ってないけど。

 そんなこと、それこそ言うまでもなく分かってるはずだ。

 学院で一番偉い人公認の、学院潜入捜査。


「ええ。我々の力不足の尻拭い、心苦しくはありますが、どうぞよろしくお願いします。イノリさん」


「がんばります」


 父様よりは、まだ分かりやすい人。

 理事長さんの印象は、大体そんな感じ。

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