第5話 試験


 理事長さんとの顔合わせから数日後。

 わたしたちはもう一度、学院を訪れていた。まあ、寮も学院の内だって考えたら、もう住んでるようなものだけど。

 今回は普通の学生さんらしく、入学後に受ける講義に関係したアレコレの為。


 わたしとアーシャが一緒に受ける講義は『魔法実技』『剣術実技』『格闘術実技』を中心に、あとは敷居の低い基礎的な座学をいくつか。アリサさんは魔法が使えないから、そこを別のものに。講義時間とかが被らないようにして、なるべくわたしたちと一緒に行動できるようにして貰った。

 一応、メイドさんってことになってるし。捜査の為にも、ね?


 実技系の講義については、毎年開講前に試験を行って、その成績によって教えを請える教員の程度が変わってくるらしい。好成績者ほどご高名な先生のクラス?っていうのに入れるんだって。

 取り合えず、わたしたちの……というかお上の目的の為に、なるべく上を目指す。


 という訳で、まずは『魔法実技』の試験を受けます。


 実技訓練場ってところの一角で、長机に並んだ三人の試験官さんたちとアーシャが向かい合う。


 桜色の長い髪は今日も綺麗。風が吹くたびに、腰の辺りで結わえられた大きな一つ玉が、振り子みたいに小さく揺れていた。

 ついつい目で追っちゃうんだよね、あれ。


「――では、アーシャさん……は、本当にエルフなんですね……」


「ええ、ハーフですが。何か問題でも?」


「いえ、問題というか、あの……『魔術実技』と間違えてたりは……」


「しません。妖精もここにいます」


「そ、それはそうですが……」


 ちょっとおどおどしてるお姉さん試験官さんに対して、アーシャはいつも通り不愛想。

 人間よりも長くて、エルフよりは短い耳の先端に、試験官さんたちの視線が集まっていた。


「……別に、混ざり者だから嫌われてるってわけじゃないんだよね?」


 一か月の内に頭に入れた(あんまり入らなかった)一般常識を反芻しながら、アリサさんに小声で話しかける。


「ええ、そう言った差別はとうの昔に是正されています……が、流石に魔法を使うエルフというのは、非常に珍しい存在ですので……」


「聞いてはいたけど、こんなになんだ」


 エルフと言えば『魔術』に長けていて、『魔法』を使える者なんて普通はいない。らしい。

 わたしはアーシャ以外にエルフの知り合いがいないから、よく分からないけど……それでも、試験官さんたちの本当か~?みたいな視線から、アーシャの異質さが何となく伺えた。


 お姉さん試験官さんはその後も少しおろおろしてたけど……他の二人、おじさん試験官さんとおじいちゃん試験官さんが頷いたのを見て、どうにか座りなおした。あの二人もまだ半信半疑、って感じの顔してるけどね。


「……では、何でも構いませんので、出力可能な中で最も深い層の魔法を三つ、お願いします」


 で、気を取り直して、試験の内容が伝えられる。

 すんごい曖昧な感じもするけど、まあ、魔法自体が曖昧なものだから。能力の測り方も、自ずとこんな感じになっちゃうんだろう。


「分かりました」


 アーシャの方は、最初っから全く表情が変わっていない。

 少し気だるそうにしながら、肩にかかったひと房の髪を払った。


「――妖精共フェアリーズ


 短い呼びかけに、そばに居た数匹が色めき立つ。あれよあれよという間に野良の妖精たちまでも呼び集められ、十を超える光の影が、アーシャの周りをふわふわ囲んで。


「!!」


「なんと……!」


「エルフがこれほどの魔法を……!?」


 妖精たちの指揮を執り、六層の魔法を立て続けに三つ見せたアーシャ。ほんの少しの時間で、さっきまでの懐疑的な雰囲気はすっかり消え去って、試験管さんたちは興奮気味に顔を突き合わせていた。


「これは……正しく導けば、七層の壁を破れるかもしれぬの……」


「ああ……それに、エルフが魔法を、という時点で既に興味深い」


「吃驚です、本当に……」


 振り分けの基準は事前に聞いていたけど、試験官さんたちの様子を見るにいい塩梅で、一番上のクラスには問題なく入れそうだ。


「……これでいいですか?」


「――あ、はいっ、ありがとうございましたっ。結果の方は追ってお伝えしますので……!」


「はい、ありがとうございました」


 小さく頭を下げてから、わたしたちの方に戻ってくるアーシャ。


「おかえりー」


「ただいま」


「じゃあ、よろしくね」


「ええ」


 短いやり取りで済ませて、今度はわたしが、試験官さんたちの方へ向かっていく。

 アリサさんは、そんなわたしたちをジーっと見つめていた。


「――えー……では次、イノリさん」


「はーい」


 まだアーシャのことで興奮冷めやらぬーって感じの三人だけど、わたしが近づいてくるのを見て、一応は切り替えてくれたみたい。またお姉さんの方が立ち上がって、小さく一礼。


「……えっと、人間ヒューマン……ですよね……?」


「ひゅーまんです」


 人間、って言葉にすらよく分からない別称を付ける都会文化ばんざい。

 横髪を耳にかけて、尖ってないことを見せる。しっかり視線が集まったことを確認してから、元通りに。反動で跳ねた髪の毛の端が、視界の隅っこで黒い影になって揺れた。

 ちょっと伸びてきたかな。またアーシャに切ってもらわなきゃ。


「では……」


 わたしが関係ないことを考えているうちに、お姉さん試験官さんは安心したみたいに座りなおしていた。


「見学されていたので分かっているとは思いますが……何でも構いませんので、出力可能な中で最も深い層の魔法を三つ、お願いします」


「分かりましたー」


 背中にアーシャの視線を感じながら、一拍おいて。


「――妖精たちーフェアリーズ


 このフェアリーズって呼びかけに、深い意味はない。アーシャはこういうやり方が慣れてるってだけで。わたしのはアーシャの猿真似だから、ほとんど独り言みたいなもの。まあ、妖精たちはきゃっきゃってはしゃいでるけど。


 そう、ただの猿真似。

 だってわたし、魔法使えないし。


アーシャが、『わたしが五層の魔法を放ったように見せかける魔法』を三回、連続で生成させる。妖精たちにも事前に口裏合わせをして、わたしの周りでわちゃわちゃしてもらって。


「安定して五層まで潜れている。こちらも申し分ないな」


「うむ」


 おじさんとおじいちゃんがそう言えば、お姉さんもうんうんって頷いていて。

 こんなもんで良いかなって、アーシャに魔法を止めてもらった。


「以上です」


「――はい、ありがとうございました。結果の方は追ってお伝えしますので」


「ありがとうございましたー」


 小さく頭を下げて、アーシャの元に戻る。


「ありがと」


「別に、構わないわ」


 やっぱり短いやり取りで済ませる。

 わたしの髪を軽く梳きながら「そろそろ切ろうかしら」なんて。

 アリサさんがまた、静かにわたしたちを見ていた。


 こんな感じで『魔法実技』の試験は終わり。

 剣術と格闘術も、まあ、各々いい塩梅にやっておいた。


 後々になってアリサさんが「これ、ワタシの分もちょろまかして貰って良かったのでは……」って言ってたけど、流石に三人分はアーシャの負担が「嫌よ」ほらね。

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