第9話 騒動


 『学院』に入ってくる人っていうのは、多少年齢の上下はあれど、まあ概ね将来有望な若者であることが多い。らしい。

 みんな少なくとも、得意分野に関しては人並み以上の知識だ実力だを持ってるわけだから、学院内ではその人並みを教える基礎講義の需要が一番低かったりする。らしい。


 知らない分野のことを、取り合えずさわりだけ頭に入れておくかー、とか。

 卒業要項の微調整のためー、だとか。


 そんな理由での受講生が多い基礎座学系の一つ、『魔術座学基礎』もそのご多分に漏れず、だ。


 一つ変わってることがあるとすれば、魔術に秀でているはずのハーフエルフが一人、混ざってるって点くらい。


「――即ち、魔術の扱いに秀でた原人類の一部が、現在のエルフの祖先であると――」


 二十人くらいの生徒たちに向かって淡々と話す女性――アトナリア先生は、耳も背丈もぴんと長く伸びたエルフさん。アーシャよりも背が高くて、縁細眼鏡の奥、紅い瞳は鋭い眼付きで、ちょっと怖い印象も受ける。

 体付きは、わたしとどっこいくらいすらっとしてるけど。


 どうもエルフって種族は、すごく肉付きが良いか、すごくほっそりしてるかの二極みたい。


「――とはいえ原則として魔術は、訓練を積めば殆ど誰にでも扱える代物である、というのは極めて常識的な話で――」


 アーシャが「知識は頭に入れておきたい」っていうから一緒に取った講義だけど。ごめん、すんごい眠い。

 隣で教本に目を落とすアーシャ、更にその隣でものすごくお行儀よく座っているアリサさん(メイドモード、って言ってた)を尻目に、窓の外をぼーっと眺める。


 この教室はちょうど、訓練場の一部が見下ろせる位置にある。窓際の席からこれが見えてなかったら、とっくに居眠りしちゃってたなぁなんて思いながら、ぼーっと。


「――要するに、遺伝的に突出した才覚を発現しやすいのが、エルフであると――」


 何かしらの魔術の実習っぽいんだけど、基礎座学すらさっぱりなわたしには、訓練場の一団が何をやってるのかなんてほとんど分からない。

 なのでひたすら、ぼーっと見てた。


「――ん?」


 そしたら急に、気配・・が膨れ上がった。


 見下ろす生徒さんたちの中に、一人。


「んんー?」


 ぶわっと、黒くて禍々しいそれが、男子生徒の身体からいきなり噴き出した。


「……アーシャ」


「……もしかして」


「うん、でた」


 小声でやり取りするうちにも、気配・・はどんどん、彼の身体から立ち上っていって。



 どかーんって。


 大きな爆発音とともに、それ・・が暴れ出した。



「「「「!?!?」」」」


 この教室にまで伝わってきた音と振動に、他の生徒さんたちもびっくり。

 みんなの視線は窓の方へ、何人かは駆け寄って訓練場を見下ろし始める。


「……はぁ」


 そんな中、アトナリア先生が溜め息を一つ。


「……訓練場でちょっとした騒ぎが起こるなんて、ここでは日常茶飯事ですよ」


 そう言いながらも窓際に近寄って。

 ちらっと見て、すぐ講義に戻る――つもりだったんだろうけど。


「――なっ……!あの子……!!」


 騒動の中心、禍々しい気配を噴出させる彼を見て、少し驚いたような表情になった。知ってる生徒だったみたい。


 みんなと一緒に釘付けになっちゃった先生の視線の先で、件の男子生徒は、とにかく暴れ回っている。見境なく、何かに憑りつかれたかのように。

 近くにいた生徒さんたちを魔術で吹き飛ばし、止めようとする教員さえも近寄らせない。


「なんて馬鹿なことを……!」


 身体を覆う黒い気配は、わたしにしか見えていない。

 でも先生は、この騒動を知っているかのように、そう吐き捨てた。


 その反応で確信した。

 これが、理事長曰く「長くこの学院を脅かす事象」。

 概ね報告の通りの出来事で、何よりも間違いなく。


「貴女の管轄ね」


「うん」


 呟くアーシャの隣では、アリサさんが物珍しそうに騒ぎを見下ろしていた。


「はぁーこれが……素人目には、薬キメた馬鹿が暴れてるようにしか見えませんけどね」


「危ないお薬?」


「ええ。こう、アッパー系のやつとダウナー系のやつを良い塩梅に配合してキメると、あんな感じになりますよ」


「へぇー」


「…………」


 アーシャが危険人物を見る目でアリサさんを見てる。


「……イヤイヤ、ワタシはやってないですよ?そういうのを時たま目にするってだけで」


「だと良いんだけど」


「……あの、もうちょっと信用してくれても良いのでは……?」


 忍者だしなぁ。


 ……とか呑気なやり取りをしてるうちに、アトナリア先生が声を張り上げた。


「今日の講義はこれで終了とします!私は教員として、事態に対応しなければなりません!次回までに教本の一章三節を頭に入れておくように!」


 座学の先生が講義を打ち切ってまで実技の騒動に対応するって、多分普通じゃないんだろうなぁ。


 足早に教室を出ていくアトナリア先生。うなじで束ねられた長い金髪が、大きく大きく揺れていた。


「……で、どうするの」


「取り合えず、近くで見てみよっか」


「ええ」


「了解ですっ」


 ここから眺めるのとどれだけ違うかは分からないけど。

 まあ、初めての実例だし、できるだけ詳しく見ておきたい。




 ◆ ◆ ◆




 てわけで教室を出て、訓練場まで。


 わたしたちがついた時にはもう、実技の先生やらアトナリア先生やらが数人がかりで対処していて、男子生徒は目に見えるものから見えないものまで色んな魔術で拘束されてるみたいだった。


「――――」


 野次馬の生徒さんたちに囲まれていて、彼が何を言っているのかは分からない。

 間を縫うように近くまで寄ってみる。地面に組み伏せられた男子生徒は、さっきと変わらず禍々しい気配を漏らしていた。瞳は、とにかく虚ろだった。


 声が聞こえる距離まできた。


「――蜉帙r繧ゅ▲縺ィ蛛牙、ァ縺ェ繧玖恭遏・縺ョ蜉帛勧縺代※」


「うわぁ……」


 アリサさんが、気持ち悪い虫でも見た時のような顔をする。


 ぶつぶつと一定の声音で呟く言葉は、わたしにすら、何を意味しているのか正確には分からない。


「菫コ縺ッ謗医°縺」縺溯ィア縺励※驕ク縺ー繧後@繧ゅ?――」


 分かるのは、彼が愚かな選択をしたということだけ。


「――下がって、道を開けて下さい!彼を処置室へ運びます!」


 アトナリア先生が張り上げた声で、その言葉がかき消される。


 野次馬さんたちの壁を割って、魔術で縛られたまま、男子生徒が連れていかれる。

 すれ違いざまに、先生がちらりとこちらを見た。


「貴方達も……ほら、見世物ではありませんよ」


 あ、顔は覚えていてくれたみたい。


「……それとイノリさん。次の講義で当てますから、しっかり予習はしてきて下さいね」


 ……うへぇ。

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