第8話 休日
『学院』は独立した学術研究・教育機関。
学ぶ道筋にも当然、卒業っていう到達地点がある……らしい。学校行ったことないから分かんないけど。
講義を受けていく中である程度以上の基準を満たせば卒業できるとかで、どのくらいの期間が必要かは、それこそ一人一人違ってくる。
少ない講義で大きな実績を収めるか、広く浅く色んな講義を修めるか。或いはその中庸を行くか。
卒業までの道筋はいくつもあるんだけど、どちらにせよ王都の『学院』の教育課程を修めてるってなると、どの分野でもある程度の待遇は約束されるらしい。凄いね。
わたしたちも一応、表向きは、卒業目指して頑張りますって感じ。
どちらかというと狭く深く、魔法や近接戦闘の実技辺りで良い成績を取りつつ、後は基礎的な座学をいくつか。まあ、指令を達成できれば、卒業とか関係なく山に帰るけど。
そう。当たり前だけどわたしたちの本分は、学業ではなくお上からの指令。
講義を少なめに取って自由時間を増やし、調査に当てる。
差し当っては、学院内の散策から。
地道だし、多分あんまり意味はないかもしれないけど。流石に何もしないって訳にもいかないしねぇ。
という訳で、講義の無い今日は。
お昼前まで寝て、お昼までごろごろして、お昼過ぎにお昼ご飯を食べて。
昼下がりに腹ごなしがてら、軽ーく院内を見て回る。
「疲れるー」
『学院』は広くて、建物がいくつにも分かれてる。訓練場とか以外は大体、石畳や煉瓦の建造物ばかりで、足裏の硬い感触に気分もげんなりだ。ローファーっていうのも、まだちょっと慣れないし。
「アハハ……でも、イノリさんのような方でも、こうやって足で捜査するんですね」
魔術研究棟の辺りをふらふら歩いて回りながら、アリサさんが笑う。
わたしとアーシャは今日も制服なのに、アリサさんだけは何故か
「普段はこういう事、あんまりしないんだけどね」
とにかく何もかも、いつもの指令とは勝手が違う。
でも厄介なことに、この案件はわたしたちの血族以外には対応できない。
霊峰の外で起きるなんて、割と前代未聞だけど。半信半疑……って訳じゃない。けどやっぱり、疑う気持ちはあった。でも現実は確かに、
「何か、気配とかを辿ったりは出来ないんですか?」
結構ずばずば言ってくるアリサさんに、アーシャが黙ったまま、じろっと視線を向けた。
「気配っていうならそれこそ、学院内全体に漂ってるけど」
「……マジですか?」
「うん。うすーく、だけどね」
「え、いつからです?」
「一番最初の事例が発覚したのっていつだっけ?」
「32年前ね」
どちらにともなく聞いたら、すぐさまアーシャから返事がきた。
「じゃあそのくらいからじゃない?分かんないけど」
「マジですか……」
30年以上前ってなると、わたしは生まれてない……どころか、父様すら赤ん坊の頃だ。本当にその時代から居憑いていたんだとすると、成程確かに、学院全体に気配が染みついちゃってるのも頷ける。
そしてだからこそ、アリサさんが言うような気配を探るっていうのが難しくなってる。
「だからなおのこと、面倒なんだよねぇ……」
望み薄な初期捜査に、やる気なんて出やしない。
向こうから動いてくれない限り、こちらからできることは少ない。山にいた時だって、来た者を迎え撃つっていうのが主だったし。
「言っちゃなんですが……根本的に潜入捜査に向いてないのでは……?」
「……それに関しては、私たちも同意見よ」
指令を受けた時にアーシャが不満げだったのも、まさにアリサさんの言葉通りだからで。それでもお上にやれと言われたら、やらなきゃいけないのが公僕の辛いところ。
それに、将来的にでもこの問題を解決するために、
「まあ、今日は適当に学院内を見学して、寮に戻ろー」
「そうね」
「良いんですかね、それで……」
良いの良いの。
少なくとも、現場での権限はわたしにあるんだから。
◆ ◆ ◆
結局、夕方になるよりも随分早く限界が訪れた。何のって、それは勿論、面倒臭さの。
なので、夕飯の時間まで寮の部屋でごろごろだらだらする。
アリサさんも「大変心苦しいのですが……」なんて言いながら、わたしたちの部屋に入り浸っている。まあ、これも仕事の一環だろうから、しょうがない。
アリサさんはお上――つまりわたしたちの直接の上層部――ではなくて、王立政府が別口で用意した人材だ。人里に不慣れなわたしたちの補佐役って名目だけど、恐らく監視とか、血族に関する情報を得るためって理由もある……と、思う。
お上は政府直属のくせに秘密主義だからねぇ。多分、実績は信用されてるけど、実態は信頼されてない。
こんな前例のない任務に抜擢されるくらいだから、すごい人だとなんだろうなぁとは思うけど。その割には素直に良い人っぽくて、でも忍者だしなぁ……
まあ、あんまり突っぱねるのも政府側の反感を買っちゃいそうだから、ほどほどの距離感で、ね。
別に今、見られて困るような事をするわけでもないし。
「――しかし、理事長殿に見られたら、小言の一つくらいは貰いそうですがね……」
ベッドの上で座るわたしたちを見ながら、アリサさんがそんなことを言う。
「そうかなぁ?」
返事をするのはわたしだけで、わたしを膝の間に抱え込んだアーシャは、壁を背もたれにして読書に夢中。
後ろからこう、抱きすくめるみたいに手を回して本を開いているから、わたしの目にもその内容は入ってはくるんだけど。『魔術座学基礎』の教本なんて、講義中でもなきゃとても読む気にはなれない。
「正直、
「……眠そうですね」
「ごめんねぇ」
「いえ」
この姿勢だとすぐ眠くなってきちゃうんだよねぇ。つむじの辺りに乗ってるアーシャの頭が、いい感じに瞼を重くする。
「――寝てて良いわよ」
本から目を逸らさないまま。囁きの分、喉の震えにさわさわ、頭の後ろをくすぐられた。
「ありがと。お夕飯の時に起こしてね」
「ええ」
アーシャの左の手のひらが、わたしの目元をそっと覆い隠す。
傾きかけてる日の光も遮られて、ますます微睡みが心地良い。
「おやすみー」
「おやすみなさい」
「アリサさんもー」
「……あ、はい。お疲れ様です」
何故だか一拍遅れてアリサさんが返事をした時には、わたしの耳はもう、アーシャの心臓の音に集中してた。
とくんとくんって、ゆっくり優しい子守歌。
眠りに落ちるまで一分と持たなくて。
場所は違えど、山での毎日と同じ、気持ちの良いお昼寝ができた。
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