第7話 戦闘実技
平和だった『魔法実技』とは打って変わって。
『格闘術実技』は、一回目から屋外の訓練場で始まった。
流石に、身体を動かす講義で制服のままって訳には行かないらしい。スカート短いし。代わりにジャージ?とか何とかって、ちょっと伸縮性のある動きやすい服装で集合。
「流石、王都に名高い『学院』は、ジャージも洒落てますねぇ」
「忍者の里にもジャージとかあったの?」
「ええ、クソだせぇ芋ジャーが」
「くそだせー」
「……イノリに汚い言葉を教えないで貰えるかしら」
「あ、はい、スイマセン……」
くそだせーは汚い言葉、らしい。
アーシャとアリサさんと話しているうちに、先生がやってくる。
「――正直言ってあたしは、近接戦闘実技の上級クラスなんて半分無意味だと思ってるわ!」
はっきり言う人だなぁ。
腕を組んでどーんと構える女性、ヴェルナ・グラント教授……や、教官の方が似合いそう。凄く短い枯草色の髪に引き締まった高身長、どう見たって鬼教官だ。
何で分かるのかって?うちの集落にもあんな感じの人が居たから。
「だからこそ残りの半分、ひたすら実戦経験を積めるという点をこそ、アンタ達には活かして貰いたい!」
よく通る声でグラント教授が言ってるのは多分、対人、対モンスター(モンスター!ちゃんと覚えてるよ、アーシャ!)両方の話だろう。
曰く、戦闘実技で上級クラスに入れるようなのなんて、大抵はどこかの流派の使い手か、自分なりの戦術を確立してる人で。そんな人たちに下手にてん……てん……――「テンプレート」――そう、テンプレートな近接戦技なんかを教えるよりも、経験を積ませて自ずから強みを伸ばせるようにした方が良いんだとか。
「勿論、適宜助言はしていくわ!ノイズにならない程度にね!」
と言うわけでこの講義では、とにかく色んな相手と戦わされることになるらしい。
「初回は挨拶と交流も兼ねて、アンタ達同士で軽く手合わせでもしてみなさい!本気は出さなくていいわ。見せたくない、見せられない流派もあるでしょうからね!」
ウルヌス教授と半分は同じことを言ってるはずなのに、もの凄く物騒だ。でもまあ、格闘術の講義なんだからそんなものか。
「……ちなみに。このクラスにはエルフなのに魔法が使えて、しかも剣術・格闘術まで試験成績上位だった奴がいるんだけど」
わざと大声で喧伝してるな、この人。
案の定、他の生徒さんたちの視線が一斉にアーシャの方へ。このクラスにエルフは一人しかいないからねぇ。
「……はぁ」
面倒臭そうなアーシャの溜め息とは裏腹に。教官の思惑通り、十人くらいいた生徒さんのほとんどが、彼女に挑みかかっていった。
順番に、入れ替わり立ち替わりアーシャに殴りかかっていっては適当にいなされてる。それでも人数が多くて面倒ってことで、アリサさんも助太刀に入って、半ば乱闘みたいな感じ。
焚き付けた張本人のグラント教官は、楽しそうにうんうん頷いてた。
「がんばれー」
離れたところで小さく応援なんかしてみつつ周りを窺ってみたら、わたし以外にあの乱闘に加わっていないのは一人だけ。薄褐色の肌が目を引くその人に、声をかけてみる。
「……あなたは参加しないの?」
「ぇ、ぇっと……あの、はい……」
「理由を聞いてもいい?」
「……貴女の方が、その……強そうなので……」
晴れた日の夜みたいな色の髪が両目を覆い隠すくらいに伸びていて、どこを見てるのかいまいちよく分かんない子だけど。でも、こっちから見えないだけで、その瞳は慧眼って呼んで差し支えないものみたい。
『格闘術実技』の試験成績は、アリサさんが4位、アーシャが3位、わたしが2位。
一応、順位は本人にしか通知されないらしいけど、まあすぐ広まるだろうし。それに、アーシャよりわたしの方がって、見ただけで気付いてるってことは。
「じゃああなたが、1位の人なんだ」
「は、はい……一応……」
「わたしたちも、
「そう、ですね……」
髪色と同じ瞳で、グラント教官はこっちの方もちらちら見てる。何もしないって訳にもいかないし、取り合えず軽く打ち合っておこう。
「ねぇ、お名前は?」
「……マニ・ストレングス、です……」
「ストレングスさん」
「長いから、マニでいい……ですよ……」
「マニさん」
「はい……そちらは……?」
「イノリです。イノリで良いよ?」
「イノリ、さん……」
「よろしくね?」
「よろしく、お願いします……」
マニさんの拳打脚撃は、何て言うか、丁寧だけど荒々しい。正確無比に、急所を突いて殺すことに貪欲な感じがする。我流、なのかな。
「年はいくつ?」
「……17、になります……」
「あ、年上だった。ごめんなさい」
二つ年上、アーシャより一個下。背丈が同じくらいだから、年も同じかと思っちゃってた。
「いえ、お構いなく……」
「そう?じゃあ遠慮なく」
けど、本人が良いって言ってるからそのままで。
そもそも年上がどうとか言い出したら、アリサさんなんて7つも上だし。
「……マニさん凄いね。わたしじゃ勝てなそう」
今はいなしたり躱したりで立ち回ってるから何とかなってるけど、本気でやったら、近接戦なら本当に負けちゃうと思う。
「恐縮です…………イノリさんは……」
拳の先がぶれるくらい早い突きを繰り出すマニさん。相変わらず瞳は髪に隠れたままで。攻撃とは真逆に、ちょっとの躊躇いを見せてから、一言。
「優しい拳……ですね……」
それが純粋な誉め言葉じゃないことくらい、流石に察せられるけど。
「ありがとー」
まあ、優しいって言われて、悪い気はしないよねぇ。
◆ ◆ ◆
「――正直なところ俺は、近接戦闘実技の上級クラスなんぞ半分無意味だと思っている!」
この人もかぁ。
『剣術実技』の講義。同じ場所で同じポーズで同じこと言うなって思ってたら、この筋骨隆々黒髪刈り上げの男性――マッケンリー・グラント教官、苗字の通りグラント教官の……いや分かりづらいな、ヴェルナ教官の夫らしい。道理で目付きも似てるというか、黒い瞳の目力がすごい。
似た者夫婦。講義内容もまぁ、似たような感じだった。マニさんがいたこととか、アーシャが注目されてたこととかも含めて。
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