第4話 供物
買い物を済ませた
期待に胸を大きく膨らませて待っていると、一時間ほどして座敷に座った私の前に主が供物を差し出した。
「俺が作ったんだぞ?」
「……ほう」
丸い盆の左側には丼、右側に味噌汁椀がひとつ。
黄色い沢庵と鮮やかな緑色をした胡瓜の糠漬けが小皿に載っていた。
丼からカツオと昆布の出汁の香りが漂い、香ばしく焼けた鶏肉の匂いが鼻を擽る。中を覗き込むと、叩いた鶏肉を丸めた肉団子、玉ねぎ、長ネギ、刻んだ油揚げを鶏卵がトロリと固め、白い飯を覆っていた。
久々の食事というのもあるかも知れないが、トロトロの半熟卵が表面を覆っているのを見ていると涎が口の中に溜まってきた。
ゴクリと喉を鳴らしてその涎を飲み込み、誘惑に負けないように味噌汁へ目を向けた。具はアサリだった。
「……いただきます」
自分の作った食事が気になるのか、主が私の様子を見ている。
ジッとみられているのを意識してしまうと、とても食べづらい。
左手をそっと味噌汁椀へと伸ばし、右手に箸をとる。
湯気がでる味噌汁を口元まで運んでくると、アサリから出た出汁と味噌の甘い香りが鼻を擽る。
湯気がたちのぼる味噌汁に息を吹きかけ、軽く冷まして汁椀の口縁からズズッと吸い込んだ。
久々に味わう味噌汁の味にホッと息が出た。
「主は食べないの?」
あまりにジッと見つめられるものだから、我慢できずに主に向かってたずねた。
「アケビにお供えしたんだから、それを食べてもらってから食べるよ。お供えってそんなもんだろ?」
「私は拘らないわ。一緒に食べればいいじゃない」
主は「じゃあ、そうするか」と言って、台所へと戻っていった。自分の分をよそって、こちらに運んでくるつもりだろう。
まだ願いの一つも言ってないのだから、気を遣う必要もないというのに、律儀なことだ。
私は口を開けたアサリを摘まみ、箸でその身を摘まんだ。身はぷっくりと太っていて、火の通り具合が絶妙だ。口に含むと海の香りが広がり、その食感を楽しむことができた。
味噌汁椀を丸盆の上に戻し、次は丼を手に取った。
まずは肉団子を箸で摘まみ、卵とじの海から取り出した。表面を炙って焼いてあるせいで、肉の焦げた香ばしい匂いが漂ってくる。肉団子は表面がゴツゴツとしていて、とても不細工だ。
「その肉団子は、水抜きした木綿豆腐と鶏の挽肉、生姜、塩などを混ぜて、ごま油で表面を焼いたんだ」
私の箸先にある肉団子を見て、自分の食事を用意してきた主が説明してくれた。
「何という料理なの?」
たずねて、私は箸先の肉団子を齧った。
歯先でポロリと肉団子が崩れた。醤油の香りとゴマ油の香りが口の中にふわりと広がり、噛み締めると鶏と醤油の旨味、生姜の辛みが混ざった肉汁が溢れ出してきた。
これだけでもひとつの料理として成り立つほど、美味い肉団子だった。
「そうだな。名付けるなら『ホロトロダブル親子丼』といったところかな」
味噌汁をズッと啜ったあと、主が言った。
なるほど、豆腐と油揚げが入っているし、鶏肉と卵も入っている――という意味ではダブル親子丼という名づけもよくわかる。
「ホロトロって何?」
「肉団子のつなぎに、卵を入れてないからね。見た目がゴロッとした感じで、噛むとホロリと崩れるだろう?」
「……うん」
「トロっていうのは、半熟卵のことだ」
私は丼の中に箸を刺し入れ、汁を吸ったごはんと油揚げや玉ねぎをすくって口に運んだ。
カツオと昆布の出汁の香り、タマネギの甘い香りが口の中に広がると、固まりきっていない卵がとろりと流れ込んで舌を包んでいった。下顎を動かして汁を吸ったごはんを咀嚼していると、油揚げからまた汁が溢れ出してきた。
「お、おいしいっ!」
口の中のものが全て喉の奥へと消えると、堪らず声が出た。
また主が私を見る。
食べてる最中に声を出した私が悪いが、ニマニマと笑みを
私は落ち着くために沢庵へと箸を伸ばし、噛り付いた。
黄色くて甘い沢庵を齧ると出汁の風味に飽きそうになっていた鼻や舌がリセットされ、また丼へと手が伸びる。
続けてアサリの味噌汁を飲むと、カツオと昆布の出汁とは違うアサリの風味、旨味にまた舌がリセットされる。
そこまで考えてこの料理を作ったのか、と思いながら主へと視線を向けた。嬉しそうに丼を突くその姿に、腕に覚えがあると言い切るだけのことはあるわね、と私は思った。
三十余年ぶりの食事は、食後もポカポカと温かく、とても満足できるものだった。
「さて、馳走になったわ。何か願いは思いついた?」
「特にない。そんな四時間やそこらで願い事ができるわけがないじゃないか」
「……まあ、それもそうね」
出会ったその日に願いを貰い、すぐにかなえてこの家を去るというのも寂しい話だ。主が何かを願うそのときまで、気長に付き合うことにしよう。
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