第3話 約束

 アケビというのは秋の果物。

 昔は私への供物として出されたこともある山の幸だ。


 名前にしたときの響きも悪くない。

 大方、私の髪や肌の色、瞳の色などをみて決めたのだろう。短い間に私のことをよく観察していたようだ。

 とにかく、この家のあるじが決めた名前にどうこう言う権利は私にはない。


 私は主を見上げ、返事をした。


「いい名前ですね」

「じゃあ、そうさせてもらうよ。で、夕飯は街に出て食べてくるつもりなんだけど……どうする?」

「……私は敷地の外には出られません。主の願いをかなえるまでは」


 人の間ではどのように伝わっているのかは知らないが、座敷童子ざしきわらしは人の家や蔵に住む。

 主のように座敷童子を見ることができる家主もいるが、多くの家主は座敷童子を見ることができない。そこで自分の存在を訴えかけるため、寝ている家主や家族の枕を引き抜いたり、家主にまたがって気付かせようとする。

 また、稀に子どもには見つかることがあるので、同居する子どもたちに見つかれば一緒に遊んでやることもある。


 座敷童子が見える家主であれば、座敷童子は願いと引き換えに供物を求める。願いをかなえたらその家を出て、他の座敷童子がいない家を探す。

 逆に願いをかなえるまで、私はこの家の敷地から一歩も出ることができない。


「仕方がないな、街に出て買い物をしてくるから待っててくれるか?」

「是非もないですね」


 他に方法がないのだから、主に任せるしかない。


 そそくさと準備を整えて自動車にのって出かける主を見て、私は前の家主のことを思い出した。


     *


 前の家主も新しい主と同様、欲のない人間だった。

 この家の最初の家主は私のことを見ることができなかった。子どもたちは何度か私の姿を認めていたようだが、あっというまに育ち、巣立っていった。

 四十年ほど前、家主であった夫が亡くなった。


 残された妻は悲嘆に暮れていたが、家主を引き継ぎ、私を見つけた。

 願い事を言うように促すと、彼女は言った。


「夫を、生き返らせてほしい」

「それはできないわ」


 残念だが、座敷童子にできることには制限がある。

 簡単に言うと、家主以外に作用することができない。例えば、家主が富を願えば金脈の場所を教える、温泉が出る場所を教える、商機を教える、といったことができる。

 逆に「世界平和」や「家族の健康」などといった、家主以外に干渉しなければならないことは実現できない。


 その後、彼女は私に願いを言うことはなかった。

 ただ毎日供物を用意し、共に食事をした。毎日のようにくだらない昔話を聞かされた。子どもが幼かった時のことなど、私も見ていたからとても懐かしい話ばかりだった。


 十年もしないうちに、彼女は呆けてしまった。

 ぼんやりと外を眺めている日が増えた。満足に用を足すこともできず、料理をすれば煮物で空焚きをし、生ごみをためて虫を湧かせた。

 ある日、巣立ったはずの子どもたちが現れて彼女を連れ去ってしまった。


「この家を守って!」


 何もできずただ見送る私をまっすぐに見て、老婆になった彼女が最後に放った言葉だった。

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