ナザールボンジュウは意外と割れない

硝水

第1話

 年に数回は席替えがあるものと思っていたのに、席はずっと一学期と同じで廊下側の一番前だった。人の出入りする度に廊下から冷気が流れ込んでくる。言った側から引き戸が開いて、担任が入ってきた。閉まりきってない扉をそろそろ手を伸ばして引っ張る。

「みんなおはよう。出席取るぞ」

 中学までは苗字の五十音順だった出席番号は、高校に入ると誕生日順になった。四月二日から始まって、次の年の四月一日が最後。十二月二十二日はうちのクラスに六人いて、私はその六番めだった。

「佐伯」

「はいー」

「橘」

「はーい」

 佐伯と橘は部活が同じで仲がいい。

「中津」

「ウス」

「橋本」

「ハイ」

 中津と橋本は家が近くて幼馴染らしい。

「真角」

「はい」

「八代」

「はい」

 真角と私は……入学からほとんど口をきいたことがなかった。真角は廊下側から二列めの一番後ろで席も遠い。ちらと見るとばっちり目が合ってしまい、慌てて黒板に向き直る。ホームルームが終わってぼんやりと授業の準備を始める。一限は英語のリスニングだ。

「真角さんと八代さん、職員室までプレーヤーを取りに行ってくれる?」

 担任と入れ替わりで現れた英語教師がプリントをさばきながら尋ねた。もちろん断る選択肢はない。

「はい」

 すぐ近くの扉から廊下に出る。真角は後ろの扉から出てきた。

「八代さん」

「なに?」

「さっき私のこと見たでしょ」

「ああ、うん、ごめん」

「いいの。違うの。なんで見たの」

 真角は艶やかなくるくるの黒髪を腰まで垂らしていて、透き通るように白い肌がぶかぶかの制服から時折顔を出していて、長い前髪の隙間から覗くビー玉のように青い瞳はじっとこちらを視ていた。

「髪、毎朝巻いてるのかなって」

「ううん、天パなの」

「だから前髪も伸ばしてるの?」

「そう」

「もうちょっと分けたらいいのに」

 重く顔にかかった前髪を避けようとした手を叩き落とされる。

「ねえ」

「馴れ馴れしかったね、ごめん」

「いいの、違うの、でも」

 両手をぎゅっと握り締めた真角は顔を上げたり下げたり忙しい。

「あのね、私、魔女だから!」

「そうだったんだ」

「魔女だから、その、呪いとか……かけられちゃうから……」

「危険ってことね」

「そうなんだけど……八代さんには効いてないみたい」

「呪ってみたの?」

「うん」

「酷くない?」

「そうかな」

「ダメだこの子魔女の感性で生きてる」

「それで、何か御守りでも持ってるんじゃないかと思って」

「まだ呪う気満々じゃん」

「呪いたいよそりゃあ」

「どういう感情なのそれ?」

「とにかく、今ストラップとかつけてない?」

「ストラップ? うーん」

 ブレザーのポケットから携帯を取り出す。青い目玉のストラップがぶら下がって揺れている。父がトルコ土産に買ってきたものだ。

「あー! それだよぉ」

「これ?」

「それ、邪視除けの御守りなの」

「ふーん」

 そんなことは両親から散々聞かされているので知っている。父は大学で異文化研究を教えていて母はオカルト雑誌のライターなのだ。ストラップをじっと見つめる真角に奪われる前にポケットに戻した。

「なんでしまうの、もっとよく見せて」

「割る気でしょ」

「そうだけどぉ」

「あっさり認めるなよ」

「もう魔女だって言っちゃったし……」

「そもそも、私じゃなくて誰か別の人を呪えばいいじゃん」

「八代さんじゃないと意味ないの!」

「どんな意味?」

「それは……八代さんを呪って……不幸が起きて……それをかっこよく私が助けたら……八代さん私のこと好きなるじゃん……」

「どうしてそうなった」

 真角は俯いてローファーの爪先をぐるぐる回している。

「真角ちゃん」

「いきなりちゃん付け?」

「なおちゃんの方がいい?」

「うん」

 顔を上げた真角の前髪をかき上げる。

「ひっ」

「かわいいんだから、みんな呪っちゃいなよ」

「主部と述部が噛み合ってないよぉ」

「仲良くなりたいなら普通に話しかけたらいいのに」

「……名前がわからなくて」

「私の名前?」

「私、あたま、悪いんだってば……」

 真角は気まずそうに頷く。たしかに読みにくい名前ではあるけど。

「ごめんごめん。都を守るって書いてトモリだよ」

「ともりちゃん」

「はい」

「ともりちゃんともりちゃん」

「はいはい」

 ぐいぐい寄ってくる真角を押し返しながら職員室へ向かう。忘れるとこだった。

「なんで私だったの?」

「誕生日おなじだから」

「それだけ?」

「それだけって……生年月日は本人確認にかなり重要な個人情報だし、占いだって誕生日を基点としたものが多いでしょ。人間は誕生日を重視する性質があるの」

「運命って言えばよかったのに。私そういうの弱いよ」

「運命だと思ったの!」

「もう遅いわ」

 佐伯も橘も中津も橋本も同じ誕生日だけど、とは言わないことにした。私達は私達の方法で運命だったようなので。真角を家に呼んでインタビューする算段を立てる。まぁこの分なら楽勝だろう。

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ナザールボンジュウは意外と割れない 硝水 @yata3desu

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