第12話

なんとか間に合った。心からの安堵は表に出さず、涙を浮かべたままの彼女へと声をかける。


『何安心してほしい。君に刃を向けたこの男はもう私の許可なく指一本動かすことは出来やしない。所謂憑依の応用って奴だよ』

「れい! もう遅いのよっ私がどれだけ死ぬ思いをしたと思ってるの? 私を守るといったくせに!」


 私に気づいた彼女は泣きじゃくりながら文句を言ってくる。珍しいくらいに弱弱しい彼女、それだけ恐怖を感じていたということか。胸がチクリと痛むが平然を装う。


『悪い悪い、少し色々と手間取ってしまってね。間に合ったようだし君の珍しい姿を見れたことだ結果おーらいじゃないかな?』


「なっ! 何を言い出すのよっ、それにさっきのなによ『私のプリンセス』とか私だったら恥ずかしくて口にも出せないわよ」


 自分の現状に気づいた彼女は顔を赤くしたかと思えば取り繕うように言葉を並べる。『やっぱり中二病ね』などと言いってくる始末少しは調子を取り戻してくれただろうか。


「それで手間取ってたっていうけど何でこんなに遅かったのよ? あなたの言葉を借りるなら『騎士失格』ってやつじゃないの?」


語尾の『本当に怖かったんだから…』という呟きは聞かなかったことにしとこう、胸が痛いが指摘すれば怒られそうだ。


『それに関しては面目ない…奴の行動が足かせになってしまってね。相対したならばいくらでも対処のしようはあったから油断していた。奴がまさか『あんなもの』を聞いているなんて思わなかったんだよ』

「あっもしかしてお経の事?」

『何だ気づいていたのか?』


 本当の理由は告げずに用意していた建前を口にする。あれがあることは気づいていた、それを利用させてもらう。彼女もあれの事は知っていたようで説明も省くことも出来たので何よりだ。

 

 さてそろそろ行動に移るとしよう。


『私がコイツを拘束しているのは簡単だがいつまでもこうしているわけにもいくまい。悪いんだが警察を呼んできてくれるか?』

「分かったわ。そうだっあの子も病院に連れて行かないと!」


 近くに倒れていた少女に駆け寄り背負う。この子が先ほどの悲鳴の主らしい。怪我こそしているが命に別状はないと見える。少女の方も何とか助けられて良かった。


「よし! 警察を連れてくるのは良いけど。貴方はどうするの?」


『一応監視は必要だろう。ここで待ってるよ」


「わかったわ。すぐ戻ってくる」


 出口へと向かう彼女へ手をひらひらと振り見送る。ふと最後の最後で目を覚ましたらしい少女と目があったように感じたのだが気のせいだろうか。


まあいいか。私のすべきことを片付けるとしよう。



『さて、そろそろ良いだろう。聞こえているかい殺人鬼?』


「お、おれは信じないーーーし、信じない、幻聴だ、こんなものは、幻聴ーーーだ、」


憑依を解き男の前へと姿を見せて声をかける。男の眼は確かに我が身を捉えているというにそれを頑なに認めようとしない。ここまで往生際が悪いと逆に笑えてくる。


『君はまだそんな事を言うのかい? これほどの念があって感じない訳もないだろうに』


「なぜ、なぜ、とまらない…いつもなら…聞こえなくなるの…いつもなら」


『ああ『お経』…我らを鎮める鎮魂歌かい? 最早限度を超えているからね。いみはないことだね』


男が震える手すがり付くレコーダー。それから微かに聴こえてくるのはお経の法典。過去であれば効果もあったかもしれないそれも現状では救いの手などにはなり得ない。


『ーーーもう私としても我慢の限界でね…聴こえるだろう同胞達の声が』


レコーダーを弄り亡者達の声なき声を現出させる。


『君に理由もなく無惨に命を奪われた無念の嘆きがーーー』


我が身が霞み、この一時だけは彼等の姿を写し出す。口から漏れるは彼等の呪詛ーーー



『『ーーーゆるさない…ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさないゆるせない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさないーーー赦せない!裁きを!復讐を!報復を!死を!』』


ーーー幾人もの声が重なり責め立てる。


『分かる、分かってしまうんだよ。だってこの身もまた同じ…君たち以上に伝わってくるんだ。悲しみが、嘆きが、怒りが、憎しみが、怨みが! 』


同じ霊体故に共感してしまう。霊体とは思念の塊。むき出しの心と同じ。ぶつかり合えば必要以上に伝わってくる。


この場に来るのに手間取ったのはそれが理由に違いなく。飲み込まれずに己を保つのもやっとの状況。念仏などを理由にしたのは彼女を誤魔化す言い訳に過ぎない。


少し…少し位なら彼らに力を貸しても良いように思えてくる。この男に怒りを感じているのは私の心も同じなのだから。


『いや本当のーーー本当の痛みは彼等にしか分からないかもしれない。でも、でもそれではあまりにも報われない。君にはまず現世での裁きを受けて貰わなければならない…ただその前に、彼等の痛みの一端は知るべきだと思うんだーーーだから…死んでくれ』


その精神へと送り出すーーー彼等の記憶を彼等の痛みをーーー言うならばそれは追体験。自分が犯したその罪をその痛みを全て経験させるーーー霞む意識、流れ出る血、喪われる肢体、壊される心、あったはずの未来、喪失と絶望。死の瞬間に彼らが抱いた感情全て、未来を突然奪われた悲しみ怒り絶望それら全てを思い知らせる。


我が身を介してこの場にいる怨念達が一人、また一人と男の精神へと入ってゆく。


それはさながら亡者の行進。


ある者は眼球を生きたままに潰され、ある者は長く長くいたぶられ、体だけでなく精神さえも犯される。死してなお汚され尊厳を奪われた。


「やめろ!来るな!来ないでくれ」


逃げ道などはあるわけもない。その幻視は全ての痛みを┃経験知るまでは決して終わる事はない。



全ては因果応報、お前が奪ったもの全て、己の罪の代償を思い知るがいいーーー。


「ぎゃああーーーーっーーー」



心が壊れるギリギリをーーー全てを知るまでその一線は超えさせないーーー呪うのあれば己の行いを。


そして再び『わが君』に手を出そうとした大罪を嘆くがいい。お前に待つのはこの世の断罪と地獄での懺悔のみ。


人と思えない叫びをあげる姿を見ても憐憫など感じるわけもなく。さりとて復讐をなせた悦びなどあり得ない。


彼らをこの地へ縛っていた枷が取れる。それだけのことなのだろう。留まっていた幾人もの残留思念が解放され天へと還っていた。


私に出来るのはその天へと還る光を見送る事のみ。



暫くたって聴こえてくるサイレンの音。雪崩れ込んでくる警官達のその後ろに彼女の姿を見つける。




思いがけなかった事に彼女の無事を知ったとき、また私の枷も解放される。


ようやく思い出したのだ…何故私がこの世をさ迷っていたのかを。この身を縛るこの強い願いがなんだったのか。


『そうか…今度こそは守れたか』


万感の思いと共に言葉を噛み締める。


ありがとう、遂に『救えた』。私に思い残すことはない。


だから最後に君にお別れを―――。

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