第11話
到着した公園の中央広場。確か悲鳴はこっちから聞こえてきたはずだ。全力で走ったせいで乱れた呼吸を整えながら周囲を見渡す。人気のない公園は日も落ちていたこともあって薄暗く見通しが効かない。疎らに設置されている外灯の光だけを頼りに何とか目を凝らす。
そしてようやく見つけた。少し先に幼い少女が倒れている。慌てて駆け寄り少女の体を抱き起こす。
「君っ大丈夫?」
「ん~ん」
見た感じでは転んでつけたと思われる擦りキズがあるくらいで大きな怪我は見当たらない。少し唸っているけど気を失っているだけのようだ。
「ひとまずは無事か…、というか他に人は見当たらない…どこかにいったの?」
少女の無事を確認出来てほっとしたのは良いのだけど懸念していた例の殺人犯の姿は近くには見当たらない。レイの確信にしたような物言いで覚悟をしていたのだが彼の勘違いだったのだろうか?
「ちょっとレイ? 誰もいないじゃない」
声に出してみるけど反応はない。まだレイは追いついてきてないみたいだ。
仕方がない、今は少女を助ける方が最優先だろう。悲鳴があったのだから何かしらがあったのは確かだ。それを考えればこの場を早く離れるべき。だれもいなかったのは逆に好都合と考えよう。
「っと、子供って意外重いのね…」
気を失ったままの少女を何とか抱き抱える。あまり鍛えていないせいかそれだけでいっぱいいっぱい。近くに落ちている多分この子のものだろう手提げ鞄は持てそうもない。
「仕方ない、これは後で取りにくるしかないかなーーーっ?」
出口へ向かって踵を返そうかと思ったその時、こちらに近づいてくる足音に気がつく。
少しの緊張が走るーーーそして姿を見せた足音の主は一人の男性だった。息を切らしたら様子のその人が口を開く。
「はあ…はあ、だ、大丈夫ですか? 悲鳴が聴こえたので…、慌てて駆けつけたんですけどーーー」
「あ、ありがとうございます。私も今駆けつけたところで、この子が倒れてたんです。」
どうやら私と同じく悲鳴を聞き付けてやって来た人だったようだ。スーツを着たサラリーマンらしきその人は特に怪しい感じはない。どちらかというと少し頼りない感じでよほど急いだのか、掛けている眼鏡はズレ、耳に着けていたらしいイアホンの片方も外れて空中をぶらんと泳いでいる。
「そ、それは良かった…えと代わりますか?」
「いえこの子は私がこのまま連れていきますから…そうだそこにある鞄を持って貰って良いですか?」
私が女の子を連れて行こうとしていたのに気づいたらしく、おずおずとした様子で申し出てくれたようだけど頼りない感じのその人に女の子を預ける気にはなれない。だから荷物の方をお願いしよう。
「ーーー分かりました」
男性は私の言葉に頷くと荷物を取るために私の横を通り過ぎようとする。ふとそのすれ違う瞬間に男性持つイアホンから漏れていた音に気がつく。
ーーーえ?これってお経?
なぜそれなのか疑問が浮かぶもそれを考える暇もなく。今度は間近から聞こえてきたうなり声へと気がそれる。
腕に伝わってくる震動、うっすらと目を開けた女の子。良かった無事目が覚めたみたい。
「あ…れ、ここ、どこ?」
「あっ目が覚めたんだ」
不思議そうな声に安心させるように声をかける。だが、まっすぐ見つめた少女の顔に浮かぶのは安堵ではなくて、丸く見開かれた瞳に映る誰かの影ーーー
「あっ危ないっ!」
少女の悲鳴にちかい声を聞きながら咄嗟に横へと身を翻す。
視界に掠めるのは銀色の光。私がもといた場所を通りすぎたそれは私の髪の毛を何本か奪って宙を切る。
それはナイフの輝き。無理に動かした事で地面へと倒れ混んだ自分の身を起こして。凶刃を振り抜いたその人物へと視線を向ける。
「ひ、ひひっーーは、外した、外したか」
「な、何をするのよ?」
そこにいたのは荷物を取りに行ったはずの男性。その手にあるのは荷物などではなく凶器たる銀色のナイフ。良く見れば使い込まれた様子が分かるそれを持つ彼の表情は見事に歪んでいる。
「あ、あなたがもしかしてーーーっ」
「き、きひひっ」
先程感じた印象が幻だったかと思えるほどの変化。その顔に浮かべるのは噂通りの殺人鬼を思わせる凶人の笑みだった。
警戒していたつもりで気を抜いたっ!
まず抱いたのは後悔。未だに捕まらない殺人犯、それが常にいかにもな姿をしているわけもない。それなのに見た目だけで判断して油断してしまった。
続いてくるのは恐怖。さきほどのひと振りさえ避けれたのは運が良かっただけ、近付く死の危険に涙が溢れでそうになる。
頼みの綱のレイも未だに来ない、肝心な時にいないなんて先ほどの言葉は何だったのかと泣き言を言いたい。
もう今すぐにでも泣き叫びたい…でも、それでもそれが偽りならざる本音だったとしてもそれは出来ない。視線を落とせば震えて涙を流す女の子の姿。私は彼女を助けるためにここまで来たのではなかったのか。
咄嗟に掴んだ地面の砂を男へと投げつける。
「逃げるわよ!走って!」
砂を目眩ましに逆方向へと走り出す。公園を抜けて人目の多い場所まで行ければ何とかなるーーーそれだけを希望に逃げ出した。
「んーーーいったい」
だけど、走り出した瞬間に片足へと激痛が走る。男からまだ30メートルほどしか離れていない場所で堪えきれず私は転んだ。
最初の回避。あの無理な動きで片足を痛めてしまっていたのだ。これ以上私は走れそうにない。
「お姉ちゃん!」
「私は良いから先に行って!」
「でもっ!」
「大丈夫だから!」
先を走っていた女の子が私に駆け寄ろうとしていたけどそれを止めて先に行くように促す。せめてこの子だけでも助かって欲しかった。だけど彼女は私も連れていこうと懸命に私の腕を引っ張ってくる。
「お願い先に逃げて」
「お姉ちゃんも一緒に行くの!」
後ろから近付く男の気配。私が動けないのに気づいたのかゆっくりとした歩みで近付いてくる。
後数メートル…今度こそ恐怖に押し潰されそうになる。
「お、鬼ごっこはおわり…か?」
「近づかないでっ!」
「が、がきは後回しだっ」
私と男の間に立ち塞がろうとした女の子がぶたれて飛ばされた。それに抗議の声をあげようとしたけどそんな暇はなかった。倒れたままの私に近づいた男に髪を引っ張られて無理やり顔を上げさせられる。
「き、きひひ、なんだきれいなかおだなぁ、さてどうしようか…このまま殺すのは簡単だ…きひひ」
近づけられる男の顔に嫌悪を覚える。下卑た嗜虐の籠ったその表情から男が何を考えているかは容易に想像がついた。思い出されるのは報道されていた悲惨な被害者たちの末路。絶望にもはや涙があふれ出るのを止めれそうにない。
「いいぞ、いいぞそのぜつぼうにみちたかお…おれは何よりその顔がみたいんだっ」
男が手に持つナイフを胸元へとへと近づけてくる。もう直視できないと首を振ったその時、首元に掛けていたネックレスが外へと飛び出してきた。目に映る蒼い石、それと共に思い出される彼の声――――
偶然かどうか石が男へとぶつかり距離が開く、しかしそれに激昂したのかナイフを振り上げる男の姿が見えた。
「助けてよ! 約束したじゃないレイ!」
振り下ろされる凶刃を前にして心の内をそのままに目を瞑り大声で叫んだ。他の誰でもない彼に助けを求める声を―――。
目を閉じたままに来るだろう衝撃を待ち構えていた私だけど――――その衝撃が来ることはなく届いてきたのは待ち焦がれた彼の声だった。
『やれやれ、どうにか間に合ったようで何よりだよ。私のお
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