トラのメロンパンとオムそば飯

ながくらさゆき

今年の干支はトラ

 毎年正月、このパン屋ではその年の干支をモチーフとしたパンを売っている。ネズミ年にはネズミの顔を描いて耳を付けたアンパンを。ヘビ年にはチョコを練り込んだヘビ型のながーいパンを。イヌ年にはイヌの顔を描いてたれ耳を付けたクリームパンを。タツ年はどうしていたか覚えていないが、毎年かわいい干支のパンを売っている。今年はトラ年。


 去年の年末から、正月の広告を出していた。「干支のトラのメロンパンをお楽しみに」と。


 年が明けて、かわいいトラの顔をしたメロンパンが売ってるよと噂を聞きつけて母と二人で来てみた。店では他のお客さん達は雪だるまの形をしたパンとか冬季限定のパンにウキウキしていた。


「トラのメロンパンどこかな。あった」


 トラの顔が描かれたメロンパンが山積みになっていた。


「かわいい!」


 しかし、いつものメロンパンの倍以上する値段になっていた。普段のメロンパンに2つ小さな丸い耳を付け、かわいいトラの顔を描くのは時間も手間もかかったのだろう。年末年始は何かと出費が多い。私は低収入で貧乏なのでこんなに高いパンは買えない。


「こんなのスーパーで百円のメロンパン買ってきてチョコペンで顔描いた方が安いじゃん!」


 そう捨て台詞ゼリフを吐いて店を出た。我ながら感じ悪い客だ。おしゃれな帽子をかぶった店員がこちらをじっと見ていた。


「ちくしょー!」


 悔しさを紛らわすために走った。年末から楽しみにしていたトラのメロンパンが買えないなんて。


「うわあっ」バタンッ。足がもつれた。私はうつ伏せに倒れた。


「ちょっと大丈夫?」母が後ろから追いついて来た。私の頭の横で立ち止まる。


 倒れたまま母の足元を見ると真冬なのにサンダルを履いている。トラのメロンパンを買う金も無く、母に履かせる靴も無く、なんて惨めなんだ。たかが数百円のメロンパンが買えないなんて。


「お給料入ったらまた買いに行けばいいじゃない」母になだめられた。


 毎年、年末年始はひもじい思いをしている。おせち料理を買うお金は無い。おせち料理は食べられなくても、楽しみにしていた今年の干支・トラのメロンパンが買えなくて悔しかった。


 2週間後、給料が入った。正月を過ぎてるのでパン屋ではもうトラのメロンパンではなく、普通のメロンパンが並んでいる。横目でちらりと見ながら店を通り過ぎた。


「メロンパンとチョコペン買ってきてあげようか?」そう母に聞かれたが、丸いメロンパンに顔を描くだけじゃトラにはならない。小さくて丸い耳を2つ付けなければいけないのだ。


「もうメロンパンはいいや。来年のウサギは安いパンだといいな」


 手間のかかるメロンパンはよしてくれ。その分高くなる。ウサギの形でかわいい顔を描いてくれればそれでいい。




 私は夕飯を作り始めた。


「何作るの?」母が聞いてきた。


「オムそばめし。食べたことある? 刻んだ焼きそばとご飯をソースで炒めて玉子でくるむからね。トラの顔の形にするから。トラのメロンパン買えなかった代わりに。あっ、ソースの賞味期限切れてる! しかも随分前に切れてる!」


 ソースが無かったらトラの顔が描けないじゃないか。


「買って来ればいいんでしょ」そう言って母は玄関でサンダルを履いた。


「お母さん、靴も買ってきなよ。真冬にサンダルなんて変に思われるよ」


「皆思っても言わないから大丈夫よ」


 ああ、今年こそ母に靴を買ってあげられますように。もっと収入を得られますように。


 私は焼きそばの麺を包丁で切り始めた。

 ※そばの入った袋を開けずに袋の上から包丁で切ると袋は切れずに麺だけ切れるよ。

 オムそば飯とは知らない人もいるかもしれないのでもう一度説明するが、切り刻んだ焼きそばの麺と白飯をソースで炒め、オムレツ玉子でくるんだ食べ物である。

 私はこれを初めて食べたのは職場の飲み会で行った居酒屋だった。オムレツの中身は茶色いソース色の短い麺と、同じく茶色いソース色のご飯で見た目はまずそうなのに、食べるとおいしい。母はソースを買いに行ってくれてるけど、こういう見た目の食べ物は多分好きじゃないと思う。でも私がオムレツにかわいいトラを描くからかわいさにごまかされて食べてほしい。


「ただいま」母が帰ってきた。


「おかえり」


「『おかえり』じゃないわよ。『おかえりなさい』でしょ。まったく、ソース買ってきてあげたのに」


「おかえりなさいませ、お母様」

 私はメイド喫茶のメイドのように丁寧に言い直した。母に向かって会釈をした時に気付いた。「靴買ってきたの?」


「そう、安くなってたの。これでもうジロジロ足元見られないわ」


 やっぱり気にしてたんだね、お母さん。


 私は母が買ってきてくれたソースでオムそば飯を作り上げた。玉子でくるむのは難しかったので、丸く焼いた玉子焼きをそば飯の上にかけた。小さめの丸い玉子焼きも2つ、トラの耳になるようにのせた。パン屋のメロンパンよりもかわいくトラの顔を描き上げた。トラの額と頬に模様とヒゲとつぶらな瞳、そして口元のωが重要だ。


「できたよ。『トラのオムそば飯』早く食べて」


「あら、かわいい〜。ん! おいし〜!」


 よかった。そば飯の見た目にはなんとも思ってないみたいだ。


「お母さんがソース買ってきてくれたおかげだよ」


「ほんと自分で買いに行きなさいよね。うん、これおいし〜!」


 来年は干支のウサギのパン買えますように。あとこんなに喜んでくれるならまたオムそば飯作ってあげなきゃ。


 終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トラのメロンパンとオムそば飯 ながくらさゆき @sayuki-sayuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ