カクヨムサポーターズパスポートの利点と欠点
久野真一
カクヨムサポーターズパスポートの利点と欠点
こんばんは、久野でございます。主に幼馴染ものを書いている超ピーキーな作風で一部の方に知られているしがないネット小説作家ですが、今回は最近始まった「カクヨムサポーターズ」制度について、一読者かつ一作家である立場から雑感を書いてみたいと思います。
まず、「カクヨムサポーターズパスポート」とは何ぞやというお話ですが、詳細は
https://kakuyomu.jp/guide/supporters_passport
のURLを見ていただくとして、簡単に言うと
・読者は月額課金(3段階)によって:
・作品を広告非表示で読むことが出来る
・作家に「ギフト」と「応援メッセージ」を送ることが出来る
・作家が公開した「限定コンテンツ」を読むことが出来る
作家側は特に何かの手続きは必要がありませんが、
・読者から送られた「ギフト」を換金可能
・サポーター限定近況ノート(限定コンテンツ)を書くことが出来る
というものです。
従来から、カクヨムにはカクヨムリワードという形で作者に対してカクヨム側が受け取った利益を還元する仕組みがありました。実際のところ、ほとんどの作者がこれによって受け取る利益は微々たるもので執筆コストには全く見合っていませんから、基本的には作者側のモチベーション維持のための施策という側面が強いと思います。
ただ、この制度ですが、モチベーション維持のための施策という観点では年間で換金額(3000円)に達しない限り利益を受け取れないという重大な問題点がありました。私の場合ですと、大体二年間以上書き続けて二か月毎に3000円くらい得られるようになった感じですが、それだけ継続してこれですから、もっと多くの作者はカクヨムリワードを始めてみたはいいもののむしろ無力感を痛感することになった、ということがあるのではないかと感じます。
ちなみに、私自身は本業や副業で得られる収入の割合を考えても、そもそもカクヨムリワードはお小遣いにすらなっておらず、参考書籍を一冊買うとか美味しいものを食べるくらいでしょうか。結果としてモチベーション維持につながっている面はありますが、ほとんどの人が意味のある儲けを期待できる制度でないし、大多数の作者はそれを期待していないであろうということは書いておきます。
ともあれ、カクヨムリワードだけだと作者のモチベーション維持には不十分だとおそらく中の人の誰かが判断したのでしょう。あるいは、アンケートをとってカクヨムリワードが思ったより効果をあげていないと判断したのかもしれません。こういう重要なシステム変更をデータ無しに判断する程にカドカワの関係者が無策と思えないので、まあ何かの根拠があるのはほぼ間違いないです。
そうして導入されたのがカクヨムサポーターズパスポート制度ですが、既に予想以上に多くの作者が読者からの「ギフト」を受け取っているようです。私も既に3つ「ギフト」を受け取っています。また、私自身も普段は応援コメントを書く暇がないけど応援したい作者さん三名に対して「ギフト」を送っています。応援したい読者は形にして気持ちを届けられていますし、応援されてモチベーションが上がった作者もいてWin-Win……に思えましたが、既に副作用が出ています。
それが限定コンテンツの存在です。これ、作者側としてはとても悩ましい話です。限定コンテンツを書くのは義務ではないのですが、貴重な金銭をギフトとしてもらったのだから何らかの形で「お返し」をしたいと考えるのは自然な感情です。というわけで、色々な人が「限定コンテンツ」を既に公開しているわけですが、特にこれまで熱心に(実際に)作者を応援して来た読者の一部は複雑な感情を抱いておられるようです。
人によってどういう心情を持ったかは様々なのですが、ポイントとしては、(少なくとも視覚的には)これまで誰にでも見られた近況ノートが、「ギフト」を送った人限定で公開されているという感覚に起因するものでしょう。
実のところ、この制度の導入によって近況ノートの数自体が減ったということは非常に考えにくいです。というのは、これまで近況ノートを書いていた人は、追加でコンテンツを用意するだけですし、これまで近況ノートを書いていなかった人もやっぱり追加でコンテンツを用意するだけでしょう。これまで書いていた近況ノートを限定公開にして課金する奴を集めてやろうとか、これからはなるだけ近況ノートを限定公開にすることで課金する奴を集めてやろうとかまで考えている人は現時点では少数派でしょう。
ただ、「感覚的には」今まで近況ノートを書いていなかった人が急に限定コンテンツを書き出したという風に見えることも多いでしょうし、私自身、(実情がそうでないのはわかっていても)そういう風に「見えてしまう」部分があります。実態をある程度理解している立場ですらこういう感覚を持っているわけで、そうでない人にとっては「お金のために急に限定コンテンツを書き出しやがった」と見えている人が潜在的にいるだろうってことは想像に難くありません。
また、作者側としても、ギフトをもらったのだからお返しをしたいという心情はあれど、「どういうお返しを読者が望んでいるのか?」で悩んでいるという事情があります。私自身そうですし、Twitterで絡みがある他の作者さんも結構悩んでおられるようです。
正直なところ、読者が直接「ギフト」を換金可能な形で送れるというアイデアは悪くなかったものの、システムとして「限定コンテンツ」という見返りを用意したのが色々な副作用を生んでいるように思います。
カドカワは数多くのライトノベルレーベルを抱えているので、この「限定コンテンツ」のイメージはたぶんライトノベルの店舗特典SSとかそういうものだったのではないかと思います。ただ、商業のライトノベルであれば、小説本体がそもそも有料という前提があった上で、特定の店舗で買うという行動によって追加の利益(特典SS)を得られるわけですが、カクヨムでは小説自体は無料だという点が問題を複雑にしています。
行動経済学に関する一般書籍で有名な
「予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」」
に「ゼロ円は「すごく安い」と違った特殊な心理的効果を引き起こす」ということが書かれていましたが、今回の限定コンテンツはこの「ゼロ円効果」が妙な心情を生み出しているように思います。
カクヨムのコンテンツは今まで自由に手に取れていたのに、急に一部のコンテンツだけがお金を払わないとみられなくなったという感覚が近いのではないかと思います。この自由に手に取れていたという感覚を生み出したのが、「コンテンツは無料であり、かつ無限に複製可能(ある小説を読める読者の数は無制限)」というところではないかと思います。
少し話が変わりますが、私の本業に関係がある、OSS(Open Source Software)でも似た問題があります。OSSは無料でかつ自由に改変可能であることが最大の特徴なのですが、「OSS疲れ」とも呼ぶべき、善意のボランティアに対して無料サポートを要求する横暴なお客様の声に疲れている人が多数居て、ちゃんとお金の流れを作ろうという動きが発生しているのです。
OSSが広がった背景には「人間は名誉を報酬と出来る(お金が関わらずとも市場として回る)」という思想があったのですが、広がり過ぎたせいで「無料のソフトウェアだから」と逆に軽く見るユーザーが増えています。その結果、無償労働に対してサポートを要求するなんて現象が多数発生しています。そのせいで精神を病んだ人やキレて作ったソフトウェアにバグを仕込むなんてことをする人がいるくらいです。この、「無料のソフトウェアを軽く見る」って現象、まさに「無料の小説を軽く見る」という現象とそっくりですよね。無茶ぶりをする人が現れて当然だと疑っていないところまで含めて。
というわけで、OSSでも色々な人がお金の流れを作るべく色々な人が頭を悩ませつつ試行錯誤しているのが現状です。従来から寄付を受け付けているOSSは多かったのですが、寄付だけだと自主的にする人は少数なので「寄付をお願いします!」と言わなければいけない事態になったりしています。Wikipediaなんかもボランティアベースの運営ですが、やっぱり運営に資金が必要ということで執拗に寄付のお願いをするというややこしい事態になっています。
カクヨムや他のネット小説プラットフォームが抱えている問題もこれと同型なのではというのが私の仮説です。もちろん「作者側の努力をありがたく受け取っている」という人も多いと思うのですが、同時に無意識の内に当然と思っている人も多いです。さらに性質が悪いことに一部の読者は、作者に過剰な要求をすることを「普通のこと」だと認知してすらいます。有料の作品より過剰な要求をする性質の悪い人が増えるというのはなんとも皮肉な現象ですが、こういうのも「ゼロ円」の特殊な効果なのかもしれません。
こういう現象の背後には「作りたくて作っているんだろう」とか「作者だって自己顕示欲のために作っているのだろう」という心理があるのでしょうけど、これは半分当たりで半分外れです。この辺はOSSでもほぼ同じことがいえるのですが。
作者側にそういう意識がないと言えば嘘になります。特に書き始めたばかりの人は、「自分の作品を見てもらいたい」という動機がほぼ確実にあります。書き始めでいきなり自分の作品に価値があると思える人なんていうのはよっぽど自信家の人だけでしょうし。
一方で書籍化ラインとかまで行かなくても、ある程度読まれるようになった作者さんは、程度問題ですが「自分が書きたい作品」と「読者に喜んでもらえる作品」の間で板挟みになっています。感覚としては、自己顕示欲(承認欲求)もあれば利他(読者に喜んでもらいたい)の精神も併存しているという感じでしょうか。
そして、いくら利他の精神があるといっても人間のキャパに限りはあるわけで、時にそれが辛くなることもある。そういう時に、あやふやでない支援があるというのは大きな励みになるという側面はあります。カクヨムサポーターズパスポートはそういう意味で作者にモチベーションアップに貢献しているように(今のところは)見えますし。
ただ、この問題がややこしいのは「限定コンテンツ」の存在です。開始して数日ですが、既に間違いなく分断の根は生まれています。現時点では単なる善意の食い違いですが、私程度ではなくカクヨムリワードで年数十万くらいの利益を生み出せる作者の中には限定コンテンツを餌にサポーターになってくれる人が増えるように行動する人も出て来るでしょう。ほぼ確実に。
単発の課金で投げ銭が出来るシステムであれば、限定コンテンツによる不公平感も生まれないでしょう。また、あくまでこれは私の予測ですが、カクヨムのヘビーユーザーは数百円程度の投げ銭くらいなら喜んでする人は潜在的に多いと感じています。だから、限定コンテンツの存在というのは色々な意味で悩ましいのですが、一方でマネタイズの観点から言えば、限定コンテンツは月額課金を通して運営側に利益をもたらす可能性も高い。まあそのくらいは狙っているだろうなと感じます。
もっと裏読みをすれば、これをいい機会に事業としてカクヨムをもっと成長させたいのかもしれませんが、当たっているかは不明です。
その先にあるのがどういう世界かはわかりませんが、カクヨム内で今までより商売っ気を出す人は(良し悪しは判断しませんが)確実に増えるのだろうなと。
まとめですが、
・カクヨムサポーターズパスポートは特に作家側に利益をもたらす
・読者から見ると不公平感が増大するという副作用がある
・背景には作者が執筆モチベーションを維持しづらい問題がある
といったところです。
今後の予想としては、限定コンテンツを積極的に使っていく側と使わない側で明確に方向性が別れそうだなと感じていますが、果てさてどうなることやら。
世の中なるようにしかならないので今後のカクヨム世界の変化を引き続き観測していければと思います。
カクヨムサポーターズパスポートの利点と欠点 久野真一 @kuno1234
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