24. シャーリィ、打ち明ける

 芙蓉の間の入り口にて、シャーリィは待ち伏せをしていた。今は朝のバイキングの時間だ。宿泊客が次々に中に入っていく。

 ちらりと腕時計の針を確認する。


(ダリアから聞いた時間だと、そろそろお越しのはずだけど……)


 そわそわと待っていると、廊下の奥から藍色と赤髪の二人組が歩いてくるのが見えた。向こうもこちらに気づいたようで、足を止めた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。珍しいな、ここで会うとは」


 意外そうな顔をされ、シャーリィは居たたまれない心境になった。


「……アークロイド様、ご相談があるのですが」

「なんだ?」


 尋ねる声は静かで、どことなく心配そうに見られている気がする。しかし、ここまで来たら逃げ出すわけにいかない。

 覚悟を決めて、おずおずと口を開いた。


「その、あまりおおっぴらにできない話なのです。アークロイド様さえよければ、宮殿でお話しできないでしょうか」

「……それは構わないが。いつだ?」

「三日後の十時でいかがでしょうか」

「了解した」

「では、どうぞよろしくお願いいたします」


 失礼いたします、とお辞儀をし、そのままその場を去る。その背中を灰色の瞳が訝しむように見つめていたことには気づかなかった。


       *


 宮殿の門の前に立っていると、坂の下からアークロイドの姿が見えた。ミュゼと雑談をして待っていたシャーリィは口を閉じ、異国の皇子一行を迎える。


「お待ちしておりました。アークロイド様」


 フランツが門扉を開け、客人を出迎える。アークロイドの後ろをルースが付き従う。彼らを伴い、シャーリィは応接室へ向かった。

 応接室の前には年配のメイドが待っており、シャーリィが小さく頷くとドアが開かれる。

 アークロイドには奥の席を勧め、メイドにお茶の手配をお願いする。彼女が一礼して出て行く姿を見送った後、アークロイドが口火を切った。


「それで? わざわざ宮殿に呼び出すということは、トルヴァータ帝国にまつわることだろう。何が起きた?」


 神妙な顔で腕を組み、こちらの様子を窺っている。


(さすがに隠し事はできないか……)


 世間話から始めようと思っていたが、予定変更だ。どのみち、言わなければならなかったのだ。伝えるべきことは早いほうがいい。


「察しが早くて助かります。単刀直入に言いますね。うち、貿易赤字なんだそうです」

「は?」

「で、ですから……輸出量に対して、輸入量が上回っている状態でして。きわめて赤字なんです。大公夫妻が揃って嘆くほどに」

「……そ、そうか。それは……大変だな」


 公女でさえ、あくせく働く様子をよく知るアークロイドは曖昧に頷いた。いつもは我関せずで護衛の業務に集中しているルースがちらりとシャーリィを見やる。気のせいでなければ、気遣うような視線を受けた気がする。

 ルースを盗み見るようにすると、三白眼が案じるように細められる。


(ルース様に心配されるほど、私の顔ってひどいのかしら……)


 一抹の不安を抱きながらも、シャーリィはありのままの言葉を伝えた。


「アークロイド様に泣きついても仕方ないと思うのですが、どうにかできませんか?」

「どうにかと言われても、俺にそんな権限はないぞ。諦めろ」

「そこをなんとか」

「……力になってやりたいが、こればかりはな……。他のことならまだしも、貿易の問題は俺の管轄じゃない」


 もう一押しだと思ったが、やはりそうはうまくいかないようだ。

 メイドが持ってきたお茶菓子をアークロイドがつまむ様子を眺め、シャーリィは食い下がる。


「本当にそうでしょうか? なにか、活路は……」

「くどいな。ないものはない」


 ココアクッキーを咀嚼しながら、アークロイドがにべもなく断る。

 だが、ここからがシャーリィの力の見せどころだ。

 はじめから協力してもらえるとは思っていない。そして今、シャーリィの肩にはこの国のトップ二人の期待がのしかかっている。

 だめならだめなりに、成果を出さなければならない。どんな小さなことであっても。


「アークロイド様だけが頼りなんです。どんな些細なことでもいいんです。この国に来て気づいたものとか、貿易赤字をひっくり返す裏技とか、なんでもいいので知恵を授けてください」

「……相当、切羽詰まっているな」

「うちは貧乏小国なんです。切り詰められるものは切り詰めてきました。貴族の舞踏会も行う余裕もなく、どの部署も身を粉にして働いている状態です。優秀なブレーンがいればよかったのですが、今の我が国にはそう呼べる存在がいません」

「…………」


 アークロイドは考えこむような素振りで紅茶を飲んでいる。フレーバーティーだったのだが、お気に召していただけたようだ。いつもより、飲む回数が多い。

 シャーリィは公女という身分を一時忘れることにし、頭を下げた。これくらいしか、誠意を見せる手段が思いつかなかった。


「恥を忍んでお頼みします。どうか、レファンヌ公国をお救いください」


 沈黙が場を支配する。重い空気を断ち切ったのは、アークロイドの重いため息だった。


「…………貿易にまつわる書類の閲覧許可は取ってあるのか? 内容を精査する」

「許可は取っていませんので、今からもぎ取ってお持ちします!」

「待て。ついでにトルヴァータ帝国との契約書も確認しておきたい。貿易協定に付随する書類も集めてくれ」

「はい! ただいま!」


 勢いよくドアを開けると、聞き耳を立てていたのか、大公妃つきの上級文官が数人ドアに張り付いていた。その顔はひどく不安げで、この会合への期待の大きさがうかがえる。

 シャーリィは口元を引き結び、彼らの顔を順番に見つめる。


「皆、アークロイド様がお力を貸してくださるって。大公妃に急ぎ、書類の閲覧許可を取ってきて。残る二人は、貿易協定に付随する契約書、輸出と輸入に関する書類を一式まとめてきてちょうだい!」

「はっ!」


 手分けして指示を出し、部屋に戻る。外の声が届いていたのだろう。アークロイドのそばでルースが何かを耳打ちしていた。


「……わかってる。俺は兄上に不利になることはしないさ」


 内緒話は聞かなかったことにし、シャーリィも紅茶を飲む。大公妃がここぞという勝負のときに頼むお茶はフルーティーな香りが漂う。


(蜂蜜を入れても美味しいかもしれない……今度試してみよう)


 脳内で算段をつけていると、上級文官たちが書類を手に入室してきた。机の上にどんどん積み重なっていくファイルの山の一つを手に取り、アークロイドが感心したように言う。


「うちなら許可取りに数日はかかるところだが、さすが早いな」

「小さな国ですので、処理速度だけが自慢です」

「ふむ……。俺はこれらを読み込むが、お前は仕事があるだろう。もう戻っていいぞ」

「では、文官たちを部屋に置いておきます。また時間を見つけて様子を見に来ますね」

「ああ」


 文官たちに言付け、シャーリィはツアーの準備に舞い戻った。

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