記憶2

 どうやら今戦闘訓練で人間側が負けたようだ。次の人間を補充するために森の妖鬼ゴブリンが牢屋に入ってくる。


 俺じゃない他の誰かを選んでくれ。そんな最低なことを考えながら顔を下に向ける。初めの頃は敵を道連れに死んでやるなんてことも思ってはいたが、4日目にはいかに選ばれないように振る舞うか(選ばれる基準なんてわかるはずもないのに)、そんなことしか考えられなくなっていた。


 森の妖鬼ゴブリンの足音が自分ではない誰かの場所で止まったことで少しだけ安堵し、短いため息を吐く。ガシャガシャと拘束具を外す音が聞こえてきたので、少しだけ音のする方向へ目を向ける。


「……カイト」


 選ばれたのはカイトだった。


 7日ぶりに見るカイトの姿はかなり衰弱しきっていて、とても戦闘に耐えれそうな状態ではなかった。……いや、他人のことは言えない、もしかしたら俺も。そう考えそうになって、考えることをやめた。


 虚ろな目で連れて行かれるカイトを眺める。


 仲間が連れて行かれたことよりも、自分が選ばれなかったことの安堵の方が大きいことに嫌気がする。だけど、まだ死にたくない。


 カイトは木剣を握らされる。その手に力は入っていないように思える。


 すぐに森の小鬼レッサー・ゴブリンが同じく森の小鬼レッサー・ゴブリンとゲキャゲキャ言いながら現れる。その手に持つのは、やはり鉄の剣だ。


 鉄剣を持つ森の小鬼レッサー・ゴブリン以外は少し下がり、カイトと森の小鬼レッサー・ゴブリンを取り囲むように円になる。いよいよ戦闘が始まる。


 するとカイトは木剣を持つ手の力を緩め、地面に落とす。辺りにはカランカランと乾いた音が響き渡る。そこまで大きな音ではなかったはずなのに、俺には不自然にも大きく聞こえた。


 そのままカイトは膝を折り、地面に膝立ちのような状態になる。


 ——ドンッ。ドンッ。ドンッ。


 森の妖鬼ゴブリンたちは怒ったように武器を地面に打ち付ける。だが、カイトはそれすら受け入れたかのように、静かに頭を下げ、森の小鬼レッサー・ゴブリンに対して首を差し出した。


 ——ドンッ。ドンッ。ドンッ。


 一歩ずつ確実に森の小鬼レッサー・ゴブリンとの距離が縮まっていく。


 ——ドンッ。ドンッ。ドンッ。


 森の小鬼レッサー・ゴブリンはカイトの横に立つと、大きく鉄剣を振り上げる。


「やめっ……」


 渇いた喉から出た言葉がカイトに届く前に、無慈悲にもカイトの頭は宙を舞う。


 コロコロと転がる頭は、俺たちの捉えられている牢屋の柵に当たって止まる。


 ——ドンッ。ドンッ。ドンッ。


 カイトの見開いた目は、次はお前の番だぞと言わんばかりに俺の姿を捉えていた。


「……っ、うぅっ」


 俺はカイトの首を叩き斬った森の小鬼レッサー・ゴブリンを見る。すると、向こうもこちらの反応を楽しむかのように、ジッと見つめながら、醜悪な口を耳まで裂けているかと錯覚するくらいに、ニッと大きく広げていた。


 その時の俺は、きっと今までにないくらい怯えた顔をしていたに違いない。

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