第一幕

武具屋

 パラパラと雪がチラつく肌寒い早朝。今日もこの街には灰が降る。この街では日常のように人が死に、また日常のように新たな人が訪れる。


 私は石畳の道をコツコツと歩いていた。目的地は傭兵御用達の武具屋だ。


 道行く顔馴染みにおはようと声をかけながらコツコツと歩くと、しばらくして武具屋が見えてくる。


 数ある武具屋の中で私がここを贔屓にしているのは、単純に腕がいいということもあるが、寡黙な主人といる空間が何故かとても好ましいからである。


 ——ギィィ……チリンチリンッ。


 少し立て付けが悪目な入り口を押し開けると、来客を知らせる鈴の音が私を出迎える。鈴の音が聞こえたであろう主人が、店の奥から気怠そうに出てくる。


「おはよう」


 とても優しい声で主人は挨拶を口にする。主人は左腕の肘から先と右眼が無く、初めて見た時は少しだけ驚きはしたが、この街ではそう珍しいものでもない。


「おはようございます。できてますか?」

「あぁ。ちょっと待ってな」


 それだけ言うと、主人は目当ての物を取りにまた店の奥に消えていく。


 私は待っている間に何度も何度も目にした、主人が作成したであろう壁一面に掛け並べられた武器や防具を眺める。


 武器は全てが細部まで丁寧に作り込まれ、とても優しげな主人からは想像もつかないくらい、危険で命を刈り取る形をしている。だけど、そのデザインの一つ一つは私の目を釘付けにする。一体どれだけの思いが込められれば、ここまで人を魅了する武器が作られるのだろうか。


 反対に防具は、華美な装飾やデザイン性も無くとても武骨だが、命を守るという点で見ると信頼のおける作りをしている。


「……っあ、これ新作だ」


 武具のメンテナンスからアドバイスまで、暇があればこの場所にくるほど通っている私は、この店のラインナップについてはかなりの知識がある方だと思っている。その為、新作や売れ行きなど、店員並みに理解していると思う。……まぁ、店員は主人だけなので、実際店員並みかと問われれば、難しいところなのだが。


 初めて見た短剣は、この店では珍しくどこにでもありそうなデザインをしていた。それはまるで使い込まれたかと錯覚するほどの刃物のオーラのようなものを放っていて、他の商品とは違った角度から私を魅了する。


「ごめん。それ、売り物じゃないんだ」


 いつの間にか私の後ろに立っていた主人が、申し訳なさそうな声でそう言った。


「え、あ。いや、綺麗だなって」


 咄嗟に口に出たにしても、もっと色々言い方があっただろうに、よりにもよって〝綺麗〟とは。自分の語彙力の無さを少し恨む。


「そうかな?」

「そうですよ」


 主人はキョトンとした顔でそう聞き返し、周りに掛け並べてある数多の武器を一瞥した後「ありがとう」と、そう言ってカウンターの方へ踵を返す。


 私も、それを追いかけるようにカウンターへと向かう。


 正直あの短剣の事を聞きたかったが、さすがに聞けるような雰囲気ではなかったので、大人しくメンテナンスの依頼をしていた武具を受け取り、その場を後にする。


「はぁ、今度お茶でも誘ってみようかな」


 街中を歩く私の呟きは、誰に聞こえるでもなくフッと灰に溶けて消え去った。

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