絶望

「ホダカ!こっちにゴブリン2体だ!」


 俺は咄嗟に短剣を構えて叫ぶが、向こう側から聞こえて来るのは、返事ではなく剣戟の音だけだった。


 くそ。やられた。違和感のある痕跡は、この場所に誘い込むための罠だったんだ。


 悪態を吐きたくなるが、それよりもこの状況をどうやって乗り越えるか考えることが先決だと頭を切り替える。


 森の妖鬼ゴブリンは2匹とも棍棒を持ち、上半身にだけ簡易的な作りの革鎧を着ている。俺の短剣を心臓付近に突き刺したとしても、致命傷を与える確率は低いだろう。狙うは首か。


「おい、ブサイク野郎!突っ立ってないでかかってこいよ!」


 なけなしの勇気を振り絞り森の妖鬼ゴブリンに挑発をかける。だが、敵もそうそう簡単に挑発に乗ってくれるはずもなく、不敵な笑みを浮かべたままジリジリと近寄ってくる。


 どちらか挑発に乗ってくれれば連携を崩せると思ったけど、そう簡単じゃないよな。改めて森の小鬼レッサー・ゴブリンとの経験値の違いを実感させられたような気になる。


 震える手を気合いで止める。覚悟を決めて地を蹴り、森の妖鬼ゴブリンとの距離を詰めようとした瞬間。


 ——ドガッ。


 後頭部に走った激痛によって、前のめりに倒れ込む。全身に力が入らない。


 地面に倒れた時に最後に見えたのは、棍棒を振り下ろした状態で笑みを浮かべる3匹目の森の妖鬼ゴブリンだった。


「っくそ……」


 俺はそのまま意識を手放してしまった。


 *****???*****


 ここは何処だろうか。大きな建物が乱立していて、とても濁った空気が肺を満たす。だけど、どこか懐かしさを覚えて、不思議と嫌な気持ちにはならない。夕暮れの何処か記憶に残る広場。


 ——キィ……キィ……。


 広場に設置してある遊具……これは、ブランコか。俺は腰掛けて、足が届く範囲で少しだけブランコを揺らしていた。


 隣を見ると同じくらいの年齢の女の子も、俺と同じようにブランコを揺らしながら、何か言葉を発している。何と言っているか聞こえなくて、俺は「え?」と聞き返す。


 女の子はそれ以上言葉を発することはなかった。


 しばらく2人で黙ったままブランコに乗り続けていると、突然どこからか声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。その声は、どうやら俺のことを呼んでいるようだった。


 やめてくれ。俺はまだここに居たいんだ。


 声だけが鮮明になっていき、段々と周囲の風景も女の子もどこか映像を見ているかのように現実味が無くなっていく。


 いやだ。戻りたくない。


 声にならない声は思考の中に霧散する。


〝カナタ!起きろ!〟

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