命のやりとり

 まずはサンタナも言っていたように情報が大切だと思い、情報収集を行った。


 そして割と簡単に情報は集めることができた。


 傭兵団は各地に拠点を置き、光の大地と呼ばれるこの地を闇の軍勢から取り戻すために戦っているらしい。闇の軍勢は闇の大地からモンスターを引き連れて、光の大地に侵略を仕掛けてきていた。既に半分ほどが闇の軍勢に侵略されてしまっていて、俺たちは侵略を止めるために日々モンスターとの戦闘をしていかなければいけないらしい。


 その他には通貨のことや職業のこと、住む場所……というか、これに関しては安価で住ませてもらえる場所と言うほうが正しいのだが、色々な情報を手に入れることができた。


 そして、何をするにもお金が必要だった。サンタナに貰った25シルバーは、何もしなければ30日くらいは生きていけるかもしれない、でも、何かをしようとすると到底足りない、それくらいの価値のものだった。


 俺たち5人はホダカをリーダーにパーティと呼ばれるものを組んだ。別に、何か特別な手続きが必要だとかそんなことは無いが、パーティは一度組むと滅多なことでは解散しないものらしい。


 メンバーは、ホダカ、カイト、ユメ、リナセ、そして俺カナタの男3人、女2人の構成だ。


 パーティで話し合い、俺たちは被らないように職業を決めることにした。


 リーダーのホダカは戦士になった。戦士ウォーリアには騎士ナイト重戦士ガーディアン指揮者コマンダーと色々な上位職業が存在し、そのどれもが指揮官やリーダーとして向いている職業だった。


 青く長い髪が特徴のカイトは神官クレリックになった。神官クレリックは精神力を使い神様との繋がりを作り、神様の力の一部を借りて魔法を使う。回復魔法を得意としていて、パーティに絶対に1人は居なくてはならない存在だ。


 ショートヘアーで人懐っこいユメは獣使いビーストテイマーになった。獣使いビーストテイマーは動物やモンスターを使役して戦闘を行う職業なのだが、適性がある人にしかなれない職業らしく、ユメにはその適性があったみたいだ。ユメは師匠から火キツネのコロコロを譲り受けていた。なんで名前がコロコロなのか聞いたら「嬉しかったらコロコロ鳴くんだよ」と言っていた。


 いつもおっとりしていて、大きな眼鏡が特徴のリナセは、魔法使いマジシャンになった。魔法使いマジシャンは精神力を使い精霊に呼びかけ、精霊の力を借りて魔法を使う。詠唱の時間が必要だったり、近接戦闘が不得手だが、単純な火力が高いのでパーティに居ると戦術の幅が広がる。


 俺は斥候スカウトになった。斥候スカウトは、自分の気配を消して敵を見つけることや罠の発見、解除に長けている。パーティに居ることによって先制攻撃や無駄な戦闘を避けることができる。


 俺たち5人のパーティの職業バランスは、話し合って決めただけあって理想型と呼ばれるものだった。聞いた話では回復職だけのパーティや、ここルゥスリィスでは就けない職業だけのパーティなど尖ったパーティもあるみたいだ。一度見てみたい。


 職業に就くためにはまず、師匠探しをしなければならない。就きたい職業があっても、師匠が気に入らなければ師事してもらうことができずに、違う師匠を探すか、その職業を諦めるしかなくなるのだ。


 俺の師匠は変わり者で……こんなこと師匠の前では口が裂けても言えないのだが。まぁ、師匠と俺の出会いは、また別の機会で話すとしようと思う。


 職業に就くと、スキルと呼ばれる特別な技能を教えてもらうことが出来る。まぁ、これもお金が必要なのだが、師匠曰く1つ目のスキルはかなり格安らしい。

 もちろん転職することもできる。自分に向いてない職業に就いてしまった場合(暗記が苦手なのに詠唱が必要な職業に就いたり、筋力があまりないのに戦士系の職業に就いたり等)が、大体転職の理由として多いらしい。職業によっては転職すると今までのスキルが使えなくなったりすることもあるらしい。ちなみに、1度就くと転職できない職業もあるらしいので、よく確かめてから職業を決めなくてはいけない。


 余談だが、現在、傭兵団の中で最強と呼ばれているパーティ【夜明け烏よあけがらす】のメンバーは全員3つ以上の職業を経験していて、1人で1パーティ並みの強さらしい。


「ホダカ。今日の予定は?」


 俺はホダカに聞いた。


「あぁ。今日は小物たちレッサー廃墟街ルーインズに行こう。あそこのモンスターはハグレが多いから、少数を相手にできると思う」


「少数なぁ。弱い者いじめみたいになるなぁ」


「ユメ。俺たちも命がけなんだ。それは仕方ない」


 少し罪悪感を感じるユメを、カイトが宥める。


「私は小物たちレッサー廃墟街ルーインズで良い」


「カナタもそこでいい?」


 ホダカは最後に俺に尋ねる。


「ホダカが決めたなら、そこで良いよ」


 職業に就いて5人での初戦闘にむけて、ホダカはいくつかの戦略を考えてパーティと共有してくれた。ホダカの師匠は戦略を考えたりすることに長けているらしく、そこを重点的に学んできたらしい。


 ルゥスリィスの市街からしばらく歩くと、街並みに廃墟が増えてきた。ここ周辺からが小物たちレッサー廃墟街ルーインズとなる。


 小物たちレッサー廃墟街ルーインズはルゥスリィスの一部であり、闇の軍勢との戦闘跡地だ。


 ここを復旧するのが当面の目標だが、モンスターが住み着いてしまっているので、掃討しなければ復旧作業を行うことが出来ない。なので傭兵団に入りたてのパーティは、ここのモンスターを日々討伐していくことになる。


 少し戦闘に慣れてくると、小物たちレッサー廃墟街ルーインズの奥にある実りの大森林レコルトだいしんりん森の妖鬼ゴブリンを討伐したり、祈りの鉱山プリエールこうざん土の妖犬コボルトを討伐したりという風に小物たちレッサー廃墟街ルーインズに流れてくるモンスターを断つ為に格上に挑んでいくようになる。


 俺たちは戦闘の経験を積む為にまずは、小物たちレッサー廃墟街ルーインズでハグレと呼ばれる群れから離れたり追い出されたりした小物たちを狙う。


「居た!左前方にレッサー・ゴブリン3匹!」


 俺はできるだけ静かに素早く、パーティメンバーに敵の情報を伝える。


「初戦で3匹は無理だ。気づかれないように別の道に行こう」


 ホダカは冷静に判断を下す。


「そーっとなぁ。そーっと」


「足下気をつけろよ」


 ——パキパキッ。


 しんと静まり返る場に木の枝の折れる音が響いた。


「ご、ごめん」


 そっと歩こうとするユメにカイトが気をつけるように言った側からユメは木を踏み抜いてしまったようだ。


 当然3匹のモンスターもこちらに気づいてしまっていたようで、ギャアギャアと鳴き声をあげながらこちらに向かって走ってきていた。


「仕方ない。応戦しよう!僕が前に出るから、ユメはコロコロに指示を、カイトとリナセは援護を頼む!出来るだけ魔法は温存で!カナタは回り込んで敵の後ろから奇襲してくれ!」


 ホダカは見つかった時のプランも既に考えていたかのようにスラスラと指示を出す。


「コロコロ!狐火!」


 ボッと音を立てて3つの火が森の小鬼レッサー・ゴブリンの顔目掛けて発射される。内、2つは見事森の小鬼レッサー・ゴブリンの顔に当たって、その場で怯ませることに成功する。狐火が外れた森の小鬼レッサー・ゴブリンはそのままの勢いで手に持つ錆びれたダガーでホダカに斬りかかる。


「っく!?」


 小物といえど、殺意のこもった攻撃を受けるのは初めてなホダカは、キレのない応戦しか出来ていない。偉そうにキレがないとか思っているけど、多分俺も似たようなものだろう。


「ライト・エス・バル・シュ」


 リナセが精神力を消費して、指で空中に模様を描き呪文を唱えると、模様が光り輝き、次の瞬間模様から光の球が射出された。


 光の球はホダカと鍔迫り合いをしている森の小鬼レッサー・ゴブリンの右手に命中し、持っていたダガーを弾き飛ばした。


「水平斬りぃぃ!!」


 ホダカは武器が無くなった森の小鬼レッサー・ゴブリンのお腹を横一線に切り裂いた。森の小鬼レッサー・ゴブリンの傷は、かなり深かったようで、その場で森の小鬼レッサー・ゴブリンは膝から崩れ落ちる。


 座ったような体勢になった森の小鬼レッサー・ゴブリンのお腹から臓物が飛び出してきていた。それを見たリナセは、その場でえずいてしまう。


 どうやら無防備になったリナセに気づいた残り2匹の森の小鬼レッサー・ゴブリンは狙いをリナセに絞ってしまったようで、ホダカを無視してリナセの方へ走っていく。


「リナセ!早く立って!」ホダカが叫ぶ。


 1匹はコロコロの狐火が背中に命中し、ゴロゴロと音を立てて転んだが、もう1匹はリナセの身体にダガーを突き立てようと腕を大きく振りかぶる。


 ダガーの切っ先がリナセの肌に迫った瞬間、ガキンッという音とともに、それは間一髪のところで防がれる。防いだのはカイトの持つロッドだった。


「危ねぇ……おりゃぁあ!」


 カイトはロッドを両腕で思いっきり振り返し、森の小鬼レッサー・ゴブリンの身体ごと吹き飛ばした。顔を思い切り殴られた形になった森の小鬼レッサー・ゴブリンは、鼻や口から黒い血を流しながらカイトを睨みつける。


 醜悪な口元から覗く黄色く汚れた牙と殺意を剥き出しにした赤黒い目が、こちらの嫌悪感を酷く煽ってくる。


「ご、ごめん」

「大丈夫、リナセは平気?」


 カイトは森の小鬼レッサー・ゴブリンとリナセの間に立ってロッドを構えながらそう言った。


「こっちだ!」


 森の小鬼レッサー・ゴブリンに追いついたホダカが注意を引くために叫ぶ。あっちは3対1の状態だから、よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。


 俺はもう1匹の森の小鬼レッサー・ゴブリンの背後に、なるべく気配を消しながら近づく。コロコロの狐火が背中に命中したからか、背中に火傷のような痕が残っている。


 俺の狙いに気づいたユメは、森の小鬼レッサー・ゴブリンがこっちを向かないように注意を引いてくれていた。


「ギャァ!ギギャア!!」


 何を言っているのかわからないが、身振り手振りを見ている感じで、挑発していることがなんとなくわかる。


 森の小鬼レッサー・ゴブリンの真後ろまで近づいた俺は、手に持つ短剣をギュッと握り直し、森の小鬼レッサー・ゴブリンの首元にできる限りの力を込めて突き刺した。


 筋肉がブチブチと断たれていくような、生きた肉を斬る感覚に気持ち悪さを覚えたが、考えていたよりも「こんなものか」というくらいにしか思わなかった。


 刺した短剣をグリッと捻ってから、返り血を浴びないように抜いた瞬間に素早く森の小鬼レッサー・ゴブリンから離れる。


 ダガーを持っていないほうの手で傷口である首元を押さえた森の小鬼レッサー・ゴブリンだったが、何の意味も成さずに口から大量に血を吐き出してうつ伏せに倒れた。


 人間大の生物を殺したことに、なんともいえない罪悪感を感じながらも、慣れないといけないことだと自分に言い聞かせて、ホダカたちの方を見る。あちらも丁度ホダカがもう1匹の森の小鬼レッサー・ゴブリンに馬乗りになって、胸部にロングソードを刺してとどめを刺していたので「おつかれ」と言いながらホダカに近づいた時だった。


「カナタっ!!」


 後ろからユメの声が聞こえたので振り返ろうとした瞬間、身体に強い衝撃を受けて押し飛ばされた。


「っ痛……え、ユメ?」


 俺を押し飛ばしたのはユメだった。俺に覆いかぶさって動かないユメに「どうしたの」と話しかけるが、ユメはゔゔっと唸るだけで返事をしない。すると何か生温かいモノが俺の胸辺りに染み込んでくるのが分かった。


 なんとかユメを横にずらし体勢を起こすと、俺が首元を突き刺した森の小鬼レッサー・ゴブリンと目が合う。ソイツは何かを投げたような体勢でこちらをジッと見つめ、ニィっと満足そうに笑うと、その場で崩れ落ちた。


 ふと嫌な予感がよぎって、隣でうつ伏せのユメを見る。


 嫌な予感は往々にしてよく当たるものだ。


 ユメの背中には森の小鬼レッサー・ゴブリンが持っていたはずのダガーが、深々と突き刺さっていた。

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