第9話「はい、あーん」
「これ美味しいね」
スプーンが皿の底を叩く音を響かせながら、小雪が僕の作ったオムライスをそう評した。
「あ……ありがとう」
僕は照れ臭くて正面に座り僕をまっすぐ見つめる彼女から、少しばかり目を逸らす。褒められるのには慣れてない。
しかし、こうして褒められると、小さい頃にテレビを見てあの包むやつに憧れて、練習した甲斐があった。
「そうだ、あれやろうよ、あれ」
「あれ?」
小雪が「いいことを思いついた!」と言わんばかりにウキウキで言うと、スプーンに自分のオムライスを掬って乗せる。
そしてそのまま僕の方へスプーンをまっすぐ突きつける。
「食べさせ合いっこ……みたいな?」
ちょっと照れるかも、と自分でやっておきながら、空いている手で口元を隠す。
「ほら、あーん」
「え、えぇと」
口を開いて食べるように促す小雪に、どうしたものかとたじろいでしまう。こんな経験したことがない。というか間接キスをどうしても意識してしまう。
「そんなに嫌?さっき一緒にお風呂入ったのに?」
「それはっ……んっ!?」
僕が言いたいことを言う前に、口を開いた瞬間「ここだ」と小雪がスプーンを無理矢理突っ込んできた。そうしてゆっくりと差し込んだスプーンを引き抜く。
「どう? 美味しい?」
満足げににっこりと笑って小雪が聞いてくる。
味なんて、練習してる時に何回も味わった物だ。卵とチキンライスの味にいつもと変わりはない。
そのはずなのに。どうしてか今日は、ほんの少し美味しく感じる。
「……美味しい」
咀嚼し終えてから僕が言うと、小雪は嬉しそうにうんうん、と頷く。
そういえば誰かとご飯を一緒に食べたのはいつぶりだっただろうか。両親が海外に行ってから、もう一年くらい一人でご飯を食べていた気がする。
小雪を作った夏休みも、小雪を学校に入れる手筈やら自分の学校の課題やらでこんな余裕はなかったし。
「じゃあ、今度は私に食べさせて、ほら!」
あー、と口を大きく開く。小雪にはもう少し乙女の恥じらいを学ばせるべきかもしれない。
「はい、あーん」
一回されてしまえば、意外と抵抗感は薄れるものらしい、僕はあっさりスプーンを小雪の口へと入れた。
「ん……ん〜! 美味しい!」
小雪が、最初の感想よりも、より美味しそうに感想を述べてくれる。やっぱり自分の作った料理をこうして褒められるのは嬉しい。
「よかった」
「じゃあもう一回……」
「もう良くない!?」
小雪がスプーンをまた向けてきて、今日の夜ご飯は、お互いに全部食べさせ合うこととなった。
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