第8話 「友達がいないのかな」

「ごめんっっっっっっっっ!」

「まっ……!」


 て、と私が言い切るよりも先に錬太郎くんは出て行ってしまった。磨りガラスのドア越しに彼が体を拭いているのが見えて、なんとなく私は目を逸らす。


「はぁ……」


 ため息を吐いて、湯船に一人取り残された私は湯船でちゃぷちゃぷと手慰みに遊ぶ。ちゃぷちゃぷ。


「私は彼女、なんだもんね」


 ちゃぷちゃぷ。湯船の中に顔まで入る。鼻から息を出すと、ぶくぶくと泡がたった。

 まとめていない髪が水面にゆらゆらと揺れているのが少しばかり鬱陶しい。


 この長い髪も、柔らかくて大きな胸も、整った顔も、全部彼が与えてくれたものだ。彼が私に恋人でいることを望むのなら、いつまでも恋人でいよう。恋人がなんなのかは、いまいちわからないけど。


「じゃ、じゃあ夕飯作ってるから!」


 着替えが終わったのか、それだけ言い残すと彼は脱衣所からさっさと出て行ってしまった。私も、そろそろ上がろうかな。

 湯船から立ち上がって、脱衣所に出る。体を拭くために、掛けてあるタオルを手に取る。錬太郎くんがさっき使ったばかりだからか、少し湿っている。


 だからといって何かが気になるわけでもなく、慣れた手つきで体を拭き、パジャマを着てから髪をドライヤーを使って乾かす。

 このパジャマは錬太郎くんが用意してくれたもので、ピンクの花柄。なかなかにセンスがある。


 リビングに戻ると、錬太郎くんがフライパンを使って何かを作っている音が聞こえてきた。匂いはあんまりしない。


「お風呂上がったよ〜」

「お、後少しでできるから待ってて」

「はーい」


 フライパンを熱心に見つめながら錬太郎くんが返事をする。彼は何かに集中している時、体と目がその何かに釘付けになる。コミュニケーションは可能だけど、あんまり話しかけるとウザがられる。

 することもなくて、ソファーに座って手をいじいじする。両手の指先同士を合わせては離したり、そのまま指先同士を擦ったり。


 けどやっぱりそれくらいじゃ全然楽しくなくて、リビングにある本棚に近寄って背表紙を眺める。錬太郎くんの趣味なのか、ここにはいない彼の両親の趣味なのかは判別ができないけれど、この家にはたくさんの本がある。


「ふんふ〜ん、ふ〜ん……ん?」


 鼻歌混じりに見ていると、文庫本サイズの本ばかりの棚の側に、大判の本が入る棚を見つけた。


(これは……卒アルっていうやつ?)


 棚の中から一冊、少し重めの本を取り出す。

 開いてみるとそれは、やはり錬太郎くんの中学時代の卒業アルバムだった。


「今とは髪型が違う……」


 クラスメイト全員が載っているページに載っている彼は、今のスッキリした髪型とは違って、なんというかもっさりとした印象を与えるものだった。


「うーん……?」


 しかし、めくるうちに少し違和感を覚える。

 彼がしっかり写っている写真が集合写真以外に一枚もない。みんな最低一枚以上は、友達と写っている写真があるというのに。


(友達がいないのかな)


 思い返せば、学校で彼に話しかけている人は恋佐和ちゃんくらいしかいなかった気がする。

 なんとなく。なんとなくだけれど、彼が私を作った理由がわかった気がした。

 きっと彼は寂しかったのだ。そうに違いない。


「ご飯できたよ」


 テーブルに料理を運んで私を呼ぶ声を聞いて、私は卒業アルバムをそっと元の位置に戻した。

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