第7話「えっと……錬太郎くんと一緒に入ろうと思って?」

「たっだいまー!」


小雪が勢いよく家の扉を明ける。両親は共働きで遠くへ行っていて誰もいないため、返事はない。

小雪はそのまま階段を駆け上がり自室へと向かう。そして部屋着に着替えた小雪はこちらへと戻ってきた。

小雪は僕に錬成された彼女、ゆえに帰る家といえば僕の家だ。夏休みに完成した彼女との同棲生活は、もう既に慣れてしまっている。

リビングにあるソファーに腰掛けると、小雪が話しかけて来た。


「今日はありがとね、連れて行ってくれて!」

「別に構わないよ」


むしろ、僕こそお礼を言いたいくらいだ。作った僕すら知らなかった彼女の表情を見ることができ、なかなかいい経験になったと思う。

というか、デート自体初めてであんなに楽しいものと走らなかった。僕にこんな楽しさを教えてくれたこの子は、やっぱり僕の『理想の彼女』だ。


「あ、そういえば私お風呂入りたかったんだよねー。錬太郎くん先入ってきなよ」


小雪はそう言ってパタパタと洗面所の方へと歩いていく。たしかに、今日も外は暑く汗を大量にかいた。匂いが気になる。小雪を作るまではあまり気にしたことはなかったけれど、小雪を作ってからはかなり気にするようになった。良い変化かもしれない。


「ご飯は上がってからでも大丈夫でしょ?」

「あぁ、わかった」


僕は短く返し、風呂場へと向かう。服を脱いで浴室に入ると、そこは当然のごとく一人用の狭い空間である。


「はぁ……」


シャワーを浴びながら、今日の出来事を振り返る。今日は本当にいろんなことがあった。小雪の転校手続きはどうにかうまくいったものの、まさか転校初日であんなことを仕出かすとは思いもしなかった。

さらには恋佐和さんともいろいろあった。あの人との関わり方も考えないといけないかもしれない。

そして、初めての放課後デート。コンビニでアイスを食べて買っただけだけれど、友達とすら一緒にアイスを食べたことのない僕にとって初めての経験だった。初めて続きだ。


「……幸せ、か」


僕は小さく呟く。自分で作っておきながら、小雪の知らないところはまだまだ沢山ある。正直、こんなにも小雪について知らないと意外だったが、僕は小雪をもっと知りたいと強く思った。


「はやく出よう……」


いつまでも入っているわけにもいかない。僕は急いで体を洗い、湯船から出る。


「ふぅ……」


タオルで髪を拭きながら、僕は一息つく。すると、後ろから声をかけられた。


「おかえり、錬太郎くん」

「ただいま、小雪。って、なんでここにいるんだよ!?」


僕は慌てて振り返る。そこには、バスタオル一枚を体に巻いただけの小雪の姿があった。その姿はあまりにも扇情的で、作ったときに見たことがあるというのに、一瞬で頭が沸騰する。


「えっと……錬太郎くんと一緒に入ろうと思って?」


小首を傾げて言う。その顔にはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「いや、だからって……」


僕は視線を逸らしながら、なんとか言葉を紡ぐ。


「だって、私達付き合ってるじゃん? それに錬太郎くんは私の彼氏だよ?」

「いや、それはそうだけどさ。でも、まだそういうのは早いっていうか……!?」


そもそも、僕は今お風呂を上がったばかりなんだが……!?


「私はもう準備万端なんだけどなー?」


小雪は僕に近づくと、そのまま腕を絡めてくる。鼻孔をくすぐる甘い匂い。柔らかい感触が直に伝わってきて、今すぐにでも理性が崩壊しそうになる。


「ちょっと、小雪……離れて」

「いやだ」


小雪はさらに体を押し当てるように密着させてきた。


「ね、錬太郎くん」


小雪の顔を見ると、頬を赤らめながらも上目遣いでこちらを見つめている。その顔がどうしようもなく可愛くて、胸の奥がきゅんと締め付けられた。


「自分の彼氏と一緒のお風呂に入りたいって思うのは普通のことでしょ?」


小雪が僕から離れてくれる気配はない。それどころか、さらに距離を詰めようとしてくる。


「お願い、錬太郎くん。いいでしょ?」


耳元に口を近づけ、甘く囁かれる。さらには「ふーっ」と耳に息を吹きかけてくる。僕はどうにか離れようとするけれど、絡みついた小雪の腕はなかなか振りほどけない。こんなにも力が強かったのか、なんて感心している場合じゃない!


「わ、わかった。わかったから!」


結局、僕は折れてしまった。


「やった!」


小雪は嬉しそうな顔をして、僕から離れる。


「えへへ、なんかちょっ……えっちだね?」

「そ、そうだな……」


小雪は少し恥ずかしそうにしながらも、どこか楽しげだ。対して僕は、これから起こるであろうことへの緊張と不安でいっぱいだった。


「じゃあ、入るぞ」

「うん♪」


覚悟を決めて、僕達は一緒に風呂に入った。


「僕はさっき洗ったばっかだから、ゆ、湯船に入ってるからな……」

「わかった」


僕は小雪の返事を聞いてから、湯船に浸かる。もちろん、小雪の方には背を向けて。それからしばらくの間沈黙が続く。聞こえるのは小雪が体を洗う音のみ。しかし、それも長くは続かなかった。


「ねえ、錬太郎くん。こっち向いてよ」


小雪は僕の背中に声をかける。


「ダメだ。絶対に向かない!」

「えぇ~どうして?」

「どうしてもこうしてもない。今は無理だ」


僕はきっぱりと断る。今は色々とまずいというのに、小雪の方を見てしまうとなんかさらに色々不味くなる!


「むぅ……」


納得していないような声を上げる。すると、突然ちゃぽん、と水の音がした。なんだか嫌な予感がする。何事かと音のした方に顔を向けると、小雪が湯船に足を入れるところだった。バスタオルはしていない。僕好みに作った彼女の体がくっきりと見える。お風呂のマナーは教えた覚えはないが……って!


「何をやって……!?」

「えい」


小雪はそのままゆっくりと近づいてくる。そして、後ろから優しく抱きついてきた。今度はバスタオルをしていない、彼女の柔らかい肌が直に伝わってきて、僕の血は一箇所に集中する。


「こ、小雪!?」

「ふふん、やっと見てくれた♪」


後ろから僕の顔を覗き込んできた小雪は満足げな表情で笑う。僕は慌てて視線を逸らす。


「錬太郎くん、可愛い」


小雪はぎゅーっと抱きしめてくる。


「ちょっと、待って……!?」


僕はどうにか離れようとする。しかし、後ろからはがっちりホールドされていて抜け出せない。さっきすでに学んでいるので、もう抗うことはしない。


「錬太郎くん、あったかい……」


小雪は僕にくっつきながら、耳元で囁いてくる。その吐息がまた、僕の心を揺さぶる。


「ねぇ、錬太郎くん」

「ど、どうした?」

「彼女に素肌で抱きしめられる気分、どう?」

「……ッ!?」


小雪の不意打ちに思わず体がびくりと震えた。


「えへへ、今のは照れた?」

「……うるさい」


僕はぶっきらぼうに答える。きっと今、僕は真っ赤な顔をしているだろう。上下日が集まるのを感じる。


「錬太郎くんも言って欲しいなぁ……なんて」

「絶対に言わない!」


僕は断固として拒否をする。


「ちぇー、ケチなんだから」


小雪は口を尖らせながらも、それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、代わりに僕にぴったりとくっついて離れようとはしなかった。


「あ、そうだ」


しばらく経った後、小雪が何かを思い出したように口を開く。


「錬太郎くんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

「お願い? 別に構わないけど、どうしたんだ?」

「あのね、今日はこのまま錬太郎くんと一緒に寝たいなって思って」

「は?」


僕は耳を疑った。同棲しているとは言うものの、僕らは一度も同じベッドで寝ていない。それなのに、いきなり一緒に寝ようなんて言われても困る。


「ダメ、かな?」


小雪は上目遣いで僕を見つめる。


「うっ……」


僕はそんな小雪を見て、断れるはずもなく。


「わ、わかったよ……」


結局、了承してしまった。すると、小雪の顔がぱあっと明るくなる。


「ありがとう!」


小雪はさらに僕を強く抱きしめてきた。もう色々と限界が近い。


「ちょ、苦しいって……」

「えへへ、ごめんね」


そういって小雪は離れる。湯船に二人、僕が前で小雪が後ろで、二人静かに湯船を堪能する。静かにしていると、小雪が後ろにいるというのに、静まってくる。


「……そろそろ上がるか」


僕は立ち上がる。


「……あっ」

「……?」


小雪から声が溢れた。気になって小雪の方を見てみると、顔を真赤にして両手で顔を覆っていた。指と指の間から目が見えているが。

「そ、その、そのね? わ、私のせい、だよね? なんかごめん、ね?」

小雪の必死そうな弁明を聞きながら、僕は小雪が先程から小雪が見ているのは僕の顔じゃないことに気づく。


「……あっ」


僕は、小雪がどうしてあんなことになってしまっているのか気が付いた。


「ごめんっっっっっっっっ!」


僕は慌てて風呂場から出た。

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