第6話「はい、こっちどーぞ!」

「らっしゃーせー! ようこそファミリアマートへー」


活気あふれる店員の声とともに、コンビニに入った瞬間、冷たい空気が僕たちを迎え入れた。

暑い日差しに熱された体が、徐々に冷まされていくのを感じる。


「ひゃー涼しー……さて、何買おっか!」

「そうだな、やっぱりアイスとか……」

「いいねーアイス! 美味しいよねっ、甘いもの食べてくなってきたなぁ」


そう言いながら小雪はずんずんと進んでいく。


「お、あったよアイス!」


小雪がアイスのおいてあるコーナーに着いて、指をさす。


「どれどれ……?」

「小雪は好きな味とか、あるのか」


並んでアイスのコーナーを物色しながら、僕は口を開いた。


「うーん、特にないかなー。廉太郎くんは何味が好き?」

「僕は……」


言いながら手を止めてアイスコーナーをぐるりと見回す。

目当ての味はすぐに見つかる。僕は見つけたそれを引っ張り出した。


「やっぱりこれかな」


取り出したのは昔ながらのアイスキャンディー。ミルク味だ。最近はあまり食べなくなったが、小さい頃は好きでよく食べていた。


「ふーん……じゃ、私もそれにしよっかな……って、待った!」


小雪はばっと右手を突き出して、待てのポーズを取ってからアイスを取り出した。


「こっちのほうが、『恋人っぽい』でしょ?」


小雪が取り出して手に持っていたのは、二人で分け合って食べることができ、ラムネ瓶のような形状の中に詰まっている、これまた昔ながらのアイスだった。味はチョココーヒー。僕は普段食べない味だ。


「あ、ごめん。もしかしてあんまり好きじゃない味だったりした?」


僕がすぐに反応しなかったことを不安に思ったのか、小雪は眉をへの字に曲げて首を傾げる。


「あぁいや、そんなことないよ。ただ、あまり食べたことのない味だなと思っただけで……」

「え、そうなの!? じゃあ他の味、いや錬太郎くんの持ってるやつに……」

「いいよ」

「え……?」


困ったようにまた眉をへの字に寄せて、上目遣いで僕を見る。

小雪は少し、いやかなり僕に対して献身的だ。献身的すぎるほどに。

もちろんそうなるようにしたのは僕だし、それを嫌だと感じるわけじゃない。今だって僕のために、僕を喜ばせるために『僕好みのアイス』を探そうとしてくれた。その事自体はとてもうれしい。

だが、ただ僕を喜ばせて、気持ちよくさせるだけじゃ僕の求める『理想の彼女』じゃない。

かなりエゴイスティックなことを考えている自分に少々驚きながらも、やっぱり『理想の彼女』としての在り方を小雪に求めてしまう。


「小雪が自分の意志で選んだんだろ?そっちのほうが、僕はいいよ」

「……そっか」


小雪は少し驚いたような表情を浮かべながらうなずく。僕は持っていたアイスキャンディーをボックスに戻してから、レジへと向かう。

レジへ向かうと、2つしかないカウンターは一つしか空いておらず、ただ一人で受付をしている男性はぼーっとこちらを……いや、正確には小雪を見ていた。

やっぱり誰の目から見ても小雪は美少女であるのだと、なんだか誇らしく思えてくる。これが親心か?いや、それはなんだか嫌だな。

とにかく、僕は会計を済ませるためレジの前に立つ。店員ははっとしたように仕事を始める。


「お会計ですねー140円になります。袋はご入用ですか?」

「いえ……」


僕はそう断りながらすぐに140円を支払う。初対面の相手になにか物を言うのは、たった一言でも僕はかなり緊張してしまう。

そういえば恋佐和さんともほとんど話したことなかったはずなのに、それなりに話せていたな……まああのときは勢いもあったから、ということで納得しておこう。


「ありがとうございます、こちらレシートになります」

「……はい」


店員から丁寧に手渡しされたレシートを、僕は財布へとしまい込む。後で家計簿につけておこう。


「ありがとーごいましたー!」


僕はもうすでに手の体温で水滴をこぼし始めたパッケージを持ちながらコンビニを出た。

僕らは再び凄まじいまでの熱気に襲われる。これならコンビニに引き返そうとも思ったが、絶対に変に思われることは容易に想像できたので止めておく。


「ね、本当に良かったの?これで」


並んで歩きながら、アイスを二つに分けようとする僕に小雪は話しかける。


「ああ、だって小雪が『これがいい』って言ったのって初めてじゃないか?」


僕はなかなか分けることのできないアイスとにらめっこしながら言う。


「あれ、そうだっけ? っていうか、『これがいい』じゃなくて、『こっちのほうが、恋人っぽい』って言ったんだよ!」

「そうだな」


もー、と講義する声が隣で聞こえるのを無視しながら、僕はアイスと格闘する。

何しろ初めて買ったタイプのアイスだ。なかなか要領がつかめない。


「……もしかして、分けられない?私がやってみよっか?」


見かねた小雪が講義をやめて声をかけてくれる。同意するのも情けないと思ったが、このまま意地を張ってアイスが溶けてしまうのも本意ではない。ここは諦めて認めておこう。


「あぁ……ごめん、不甲斐ないところを見せてしまって」

「ううん、全然いーよ。私、錬太郎くんの彼女だし」


そう言ってにっこり微笑みながら小雪はアイスを手早く二つに分けた。なかなか器用だ。……そして、なんだか悔しい。また二人で買いに来るのもありかもしれない。


「よし、それじゃあ食べよっか……はい、こっちどーぞ!」


そう言って小雪は分かれたアイスを手渡してくれる。ひんやりとした感触がわずかながらに涼しさを与えてくれたような気がした。


「ありがとう……どうやって食べたらいいんだ、これ?」


蓋を開け、上部を食べることはできた。だが、下の方にあるのはどうやって食べればいいんだろうか。


「こうじゃない?……おぉ、面白い」


小雪が下の方から指を使って上の方へとアイスを持っていく。にゅるにゅるとアイスは上り、小雪の口元へと届く。


「なるほど。面白いか、これ……?」


見様見真似でやっては見るが、面白いという感想はなかなか出てこないような気がした。


「面白いよー!だってほら、こうやってうねうねーって上ってくるんだよ」


もう一度、底の方にあるアイスを上らせて見せる。


「それはそうだけど」

「まあまあ、美味しいからいいじゃない」

「それは、そうだな」


小雪の言う通り、味は確かに悪くはなかった。甘いものがあまり得意でない僕でも普通に食べられる程度には甘さ控えめだった。

それから僕らはしばらく無言でアイスを食べ進める。小雪は楽しげに、僕は少しばかり退屈を感じながら。


「ふぅ……」


先にアイスを食べ終わった小雪は小さく息を吐く。


「どうした?」

「ううん、なんでもない」


僕の問いに彼女は首を振って答える。


「そっか。ところで、小雪はなんでこのアイスにしたんだ?」


僕は今更ながらに聞いてみる。そういえば、アイスを買ったときに理由を聞いていなかったなと気づいたのだ。


「えっとねー……」


小雪は少し考える素振りを見せる。


「なんか、カップルっぽいかなーと思って。それに」


そこで一旦言葉を区切り、


「それに……その方が幸せになれる感じがしない?」


そう言った小雪の顔は、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。


「幸せになる……」


小雪の言葉を反芻しながら、僕は小雪の横顔を見つめる。

寂しそうなその横顔は、とても絵になる。顔をよく作りすぎたかもしれない、これだと彼女のことを見る度に見惚れてしまう。

幸せになる。それはありふれた想いで、それでいてとても尊い物。

小雪を幸せにする。普通の女の子と同じものをみて、聞いて、好きになって欲しい。

そんなことが頭をよぎってすぐにハッとした。

これではまるで親みたいだ。いや、ある意味では親なのだけれど……。

とにかく、僕は小雪のこの言葉を忘れてはならない気がした。


「……ごめんね、いきなり変なこと言っちゃったかも。気にしないで!」


そう言いながら小雪は笑う。


「……そうだな、アイスも食べたしもう帰るか」


僕も、先程までの思考は置いておいて笑って返す。


「うん!」


小雪は笑顔のまま、元気よく返事をした。

きっと、今はこれでいいのだろう。


「ねぇ、錬太郎くん。また来ようね」

「ああ、そうだな」


僕らは再び歩き出す。


「今度は別の種類も買おうね」

「うん、楽しみにしてる」


他愛もない会話をしながら、僕らは帰路につく。

空はまだ明るいままだった。

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