第4話「今日、一緒に帰ろっか」
七限の終了を知らせるチャイムが響く。
熱心に授業をしていた先生は、
「あっ、マジか。ごめんここだけ……!」
と慌てて説明を終わらせようとする。
慌てる先生を見ながら、生徒たちは至って落ち着いた様子でいる。
それもそうだろう。この先生は少し授業がオーバーしてしまうのが常だからだ。生徒からしたら「またか」と対して気に留めることはない。
僕もみんなと同じように淡々と板書をノートに写していると、隣からトントン、とつつかれた。
「ねね」
小雪の方を向くと、彼女は僕の耳元で囁く。
「今日、一緒に帰ろっか」
少し羞恥心のようなものを孕んだ彼女の表情はやはりグッとくる。彼女の家は僕の家でもあるのだから、一緒に帰るのは当たり前のことではあるのだが、やはりこうして言われてみると違うなぁ、と感じるものだ。
これを言ってほしいがためにいくつかパターンを覚えさせて間違いなかった。
「……わかった」
「へへ」
そういう彼女はほんのり顔を赤く染めて、ニコっと笑う。
その表情はまるで本物のようで、好意しか感じさせない。
「――ってことです。ごめんねー毎度ながら遅くなっちゃって。じゃ、このまま帰っていいよ」
小雪と話している間に授業を終わらせた先生は、そう言ってそそくさと教室を去っていった。
教室の空気は一気に弛緩し、授業の中でわからなかった部分を友達に質問する声や、この後遊びに行く約束をする声が聞こえる。他にもまっさきに部活に向かう生徒や、中には一言も話さず颯爽と帰っていく生徒もいる。以前まで僕もそうだった。
けれど今の僕は違う。
小雪がいる。
「ふっ……」
帰る準備をしながら、すでに準備を終え僕を待っている小雪をちらりと見る。
「なにー?」
「いや、なんでもない」
見ているのがバレてしまった。それでも他の女子とは違い、「見ていることを咎める」という心配性がないのは素晴らしい。安心感というのはやはり大事だ。
「ねー小雪ちゃーん」
小雪が暇そうにしているのを見計らってか、一人の女の子が小雪に話しかける。距離感的にもしかしたら友達かもしれない。まだ教室に馴染めていない僕とは打って変わって、小雪の方は案外馴染めているのかもしれない。
「なにー?」
「今日、一緒に帰らない?」
「ごめんねー、今日は錬太郎くんと帰ろうって約束してるから」
そう言って小雪は両手を合わせて友達に誤ってから、僕の方を見る。
「そ、そっか。ごめんねー邪魔しちゃって。じゃ、またね!」
「うん、また誘ってね!」
そう言って小雪と友達らしき女の子は手を振って別れを交わす。いいなぁ、僕も帰り誘ってくれる友達が……いや、だから今の僕には小雪が居るんだから大丈夫だ。
「よし……帰るか、小雪」
「うん!」
僕らは並んで教室を出ていく。
周囲の目をかなり集めているのがわかる。小雪はめちゃくちゃ可愛く作ってある。僕がそっちのほうが良かったからだ。だからこそ、かなり周囲の目を引く。
それも男が隣にいるとなったら、当然比較される。
作った当初、小雪が作れたことに興奮していて、そこまで頭が回っていなかった。
もとは小心者の僕にはこの視線の集まり具合はかなり堪える。
周りの声が僕のことを嘲笑っているような気がしてならない。
周りの声が僕の悪口を言っているように感じられてくる。
怖い。
怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。
体から汗が吹き出てくる。暑さからくるものじゃないことが自分でわかる。
小雪が隣りにいるというのに、情けない。
「……!」
「……どうかした?」
黙りこくっている僕のことが気になったのか、小雪が心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでくる。
「……なるほど」
僕の表情を確認した小雪はそうつぶやいてから少し考えるような仕草をする。
そして、
「えいっ」
小雪の腕を僕の腕に絡ませてきた。
錬成された体でありながら、しっかりと「女」を感じさせる柔らかさを持っており、それなりに大きめに設定しておいた胸がガッツリ僕の腕に当たる。
「なっ……」
僕が驚くと同時、周囲からざわめきが起こった。
「なんか辛そうだったよ。大丈夫?」
「あ、あぁ……ありがとう」
女慣れしたイケメンやモテ男なら、ここで気の利いたセリフや行動をして女の子の好感度を上げるのかもしれないが、あいにく僕はそんなセリフも行動のレパートリーも乏しく、お礼を言うくらいしかできない。
腕を絡ませながら上目遣いで僕のことを見る小雪。たしかにこれを教えた覚えはある。が、こんな場面で使ってくるとは予想外だ。
一気に早くなったであろう心臓の音が小雪に伝わらないように願いながら、下駄箱へと歩いていく。
ほんの少し緊張したものの、何故か安心感を感じられて、先程までの恐怖は嘘のように失せていた。小雪は、そこまでわかっていて行動したのだろうか。
下駄箱についてから、仕方なく腕を離してそれぞれ外履きに履き替える。
玄関を出てからは、腕を組まなかった。
頼めばいつでもしてくれるような気もするが、それをしてしまうと男ととしてなんだか恥ずかしいことをお願いしている感覚が自分の中にあり、言い出すことはなかった。
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