第2話「行こう、錬太郎くん。逢引の用事があるんだよねっ!」
四限の終了を知らせるチャイムが鳴り、先程まであった緊張感のようなものは一気に失せ、みんな昼休みモードになる。授業の内容を理解できなかったものは先生に質問に行ったり、周囲の人達に聞いて学んだことを確実にモノにしようと努力している。
しばらくすると熱心に勉強の話をする人たちはいなくなり、代わりに弁当のいい香りが教室獣に広がる。
普段から昼休みは騒がしいものの、今日は特段に騒がしかった。
なぜなら、多くの生徒が小雪を一目見ようと廊下に集まっている。中には彼女にスマホを向け、写真を撮るような動作をしている人も見受けられる。
小雪は日本でも類を見ないほどの美少女になるよう作ったので彼ら彼女らの当然と言えば当然だが、僕はなんだか奴らを受け入れられない。
「ねね、小雪チャンっていうんだっけ。彼氏いるの?」
「ラインとか交換しれもいい?」
「電車通学? チャリ?」
「え、あ、ええと」
押し寄せる数々の質問に、さしもの小雪も返答に困っているようだった。
「ねーねー教えてよ」
「う、あ……」
人と人の間から僕の方を見た小雪と目が合う。
そんな「たすけてー!」みたいな目で見られても困る。僕は友達は少ない方で、あまり話すのも得意じゃない。
けどこれ以上放置していたらまずいかもしれない。……朝みたいなことはしないで欲しい。
「あ、あの」
困っていると、小雪の声が聞こえた。生徒たちの喧騒の中でもよく通るきれいな声だ。
「私、錬太郎くんの彼女なので!」
そう言うと彼女はバッと席から立ち上がり、弁当を食べていた僕の手を取る。
「行こう、錬太郎くん。逢引の用事があるんだよねっ!」
「いやだから逢引じゃないって!」
小雪に引っ張られて立ち上がった僕らは逃げるように廊下に躍り出る。
さっきまで小雪に話しかけていた人たちはぽかんとしていて、廊下にいる人たちは騒ぎ出し、カメラのシャッター音やスマホで動画を撮影するときの音が聞こえてくる。
ああ、本当に面倒なことになってしまった……!
「やば、私咄嗟に出てきたけどどこに行けばいいのかわかんないや!」
僕の手を握っていた小雪が振り返って苦笑いを浮かべる。
こうなったらもう後戻りはできない。ただ人の少ないであろうところへ行こう。幸いにも、僕はそういうところをいくつか知っている。その中でも絶対に人がいないであろうところは――。
「こっち!」
小雪が握っていた手を今度は僕が強く握って廊下を走り出す。
「ごめん、ごめん!」
人混みをかき分けながら目的地を目指して走る。けど。
人がたくさんいて走りづらい。危ない。怪我をさせてしまうかもしれない。
周囲の目が怖い。止まりたい。今からでも立ち止まって小雪の発言を否定したい。
走りながらそんな思いがこみ上げてきて、僕の足取りは次第に悪くなる。
曲がり角を曲がったあたりで、僕は人とぶつかった。
「いたっ」
「わっ、ごめんなさ……」
「い」という声が小さくなる。
きれいに紅く染め上げられた長い髪。豊満な胸。僕をにらみつける鋭い瞳。
「っ、あんた!」
恋佐和さんは一瞬驚いたような表情を見せてから声を荒げる。
「ご、ごめんなさいほんとに!」
「待ちなさいよっ」
恋佐和さんを避けてまた走り出そうとした僕の空いていた手を取る。
「ちょっと、私のれんたろ――」
「うるさいだまりなさいよ小雪っ。錬太郎、追われてるの?」
「え、あ、いや、そういうわけじゃないけど……」
そういえば、どうして僕は走り出したんだろう。別に追われているというわけでもないだろうに……。
そのとき、周囲のざわめきがようやく耳に入った。
「ねえ、あれみてー」
「うわぁ、まさか転校生とあの女王様と二股?」
「うらやましいぜ……」
やばいこのままだと本当に学校で社会的に死ぬっ!?
というかもはや死んでいると言っても差し支えないかもしれないが……まあいい。
「……なんとなくわかったわ。人が来ない場所なら思いつくし、ついてきて!」
恋佐和さんは僕の小雪を握っていない方の手を握って走り出す。
一番うしろで引っ張られている小雪は、「だから私の錬太郎くんに――!」と少し怒りをあらわにしながらも確かな足取りで僕の手を離すことなくしっかりと付いてきていた。すごい。
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