第11話
会場内に様々な食事が運び込まれ、参列者は宮廷料理人の手腕を存分に味わっていた。
会食には別室で待機していた魔法使い達も合流したが、彼らは一部を除いて食事に興味はなく、己が成すままに振舞っている。つまりは、主の周りに集まった傘下の貴族たちに服装自慢をしたり、この世の穢れとは何ぞやを説いたり、天井からぶら下がったりだ。
そんな中ウッデンゲート家はと言うと、見たこともないほど情けない姿を晒す魔法使いの姿に困惑していた。
「おい、なんなんだよあいつら、やばいだろ、頭おかしいって、なんでこんなとこ連れて来たんだよ、早く帰ろうぜ、なぁ、一生のお願いだよ」
ラインはハイドラに詰め寄るようにして早口で捲し立てる。理由は当然、控室で遭遇した魔法使い達から一刻も早く逃げたかったからだ。今は自分の主の下に居るが、何時奴らがまたやってくるか分からない。ラインは安寧の地を求めてやまなかった。
「ラ、ライン?どうしたんだ?何かあったのか?」
ハイドラは自身の肩に置かれたラインの手をそっと触りながら、困惑を隠さずに事情を問う。
長い付き合いの中でも、ラインがこんなにも感情的になっているのは初めてだった。ラインはいつも呆としており、話しかけても了承するか拒否するか、それ位の反応しかせず、まさに打っても響かないという形容が相応しいものであった。
しかし、目の前の彼はどうだろう。
身体は小刻みに震え、目には有り余る恐怖が浮かんでいる。まるで理解できない化け物にでも相対したかの様ではないか。
ハイドラとしては、自身お気に入りの新たな一面を見れて嬉しい反面、普段通りの彼で居て欲しかった。周囲には自身の傘下の貴族だけでなく、同格やそれ以上の貴族も居る。そんな中で、ハイドラはウッデンゲート家の魔法使いが他よりも大分
言動が落ち着いている魔法使いというのはそれだけで印象が良い。強大な力を持った存在がむやみやたらに暴れるような存在ではないというのは、魔獣の対象を魔法使いに頼っているこの世界の住人にとって、安心できる材料となるのだ。
だからこそ、今回はラインを連れてきた。そのはずだったのだが、一体全体どういうことだろう。ハイドラの内心は混迷を極めた。
「あー、取り合えず、落ち着いてくれ。他の魔法使いに何かされたのか?大丈夫だ。今はそれぞれの主の下に散っている。誰も何もしてこないさ」
ハイドラは相変わらず困惑しているものの、直ぐにこの状況を利用してやろうと思考を切り替えた。
挙動の可笑しい魔法使いを上手く宥めてやれば、きちんと手懐けていることの証左となり、自身の評価も上がるだろう。
唯でさえ他の伯爵家の当主よりも若く、侮られがちなのだ。当主の座に就いてからというものの、今まで自らの評判を上げることに抜かりはなかった。今のラインの状態もその一環にしてやるのだ。
「いーや、あんな変人どもが何時までも大人しくしているわけがない。直ぐに帰るべきだ。また絡まれる前にな」
「それは無理なんだよ。まだ、やらなければいけないことが残っているんだ。少しだけ、少しだけでいいから我慢してくれ」
「無理無理無理、早く帰ろう、即刻、今すぐ、直ちに、早々に」
ハイドラは優しく宥めるが、ラインはまるで駄々っ子のように喚く。
「ライン、どうしちゃったんでしょう?」
「彼は他家の魔法使いと会うのは初めてですからね。
ラインとハイドラの様子を少し離れた場所で食事を取りながら眺めていたアミシアも、初めて見るラインの珍しい姿に目を瞬かせる。今この時だけは彼女の心に陰りを差していたラインへの曖昧な恐怖も、それ以上に大きな困惑によって隅に追いやられていた。
そんなアミシアの疑問の声に、彼女の母親であるアリーゼ=ウッデンゲート夫人はあっけらかんと答えた。
「貴女も魔法使いがどういった存在なのか、この際にしっかり目に焼き付けておきなさい。今回来ているのだとミュージアン、ヘクスプール、後はドットツリー辺りですね。この辺りが特に顕著です」
アリーゼはシバーフブル、青い袴姿の魔法使い、それから赤髪の運命狂いを順々に視線を向けながら言う。ラインに絡んできた三名だ。
「フィリップみたいなのがいっぱい居るってことですか?」
「そうですね。特にドットツリーの魔法使い『
「ふぅん」
母の言葉を聞いたアミシアは赤髪の魔法使いに視線を向けた。
すると、件の彼はでっぷりと腹の出た若い男性の後ろに続いて、ウッデンゲート家の方へと向かって来ているのが見えた。
「こっちに来てるみたいです」
「あら、本当ですね」
アミシアはそのことを母に報告する。
それを聞いたアリーゼは極めて平静に答えた。
しかし、彼女が一瞬だけ眉を顰めたのをアミシアは見逃さなかった。加えて、アリーゼの声色が不機嫌さを隠そうとしているものであることを、彼女は気が付いた。
何故、母がそのような反応をしたのか、アミシアが疑問に思っている内に、腹の出た男性と赤髪の魔法使いは着々とウッデンゲート家に近づいて来る。男性はアミシアたちを通りざまに横目でチラリと見やり、鼻を鳴らしてハイドラ達の方へと歩いていく。
「これはこれはウッデンゲート卿。お久しぶりですな」
「やぁ、僕の運命。また会ったね。やっぱり僕たちは惹かれあう運命だったわけだ」
その男性の態度にアミシアがむっとしていると、彼らは未だラインを宥めているハイドラへと話しかけた。
「ん?あぁ、ボールド。久しぶりだね」
「あぁ?んげっぇ」
彼らに対して、ハイドラは親しげに、ラインは心底嫌そうな反応を見せる。
腹の出た男性の名はボールド=ドットツリー。ドットツリー伯爵家当主の長男で、ドットツリー伯爵家の跡継ぎだ。ハイドラとは同い年で幼少から付き合いのある関係でもある。
赤髪の魔法使いの名はドゥーム。ドットツリー伯爵家所属の魔法使いで、言わずもがなラインが一番恐怖を覚えた魔法使いである。
ラインはドゥームの姿を見ると、関わりたくない一心で、本能的に身体を小さなハンカチに編みなおし、ハイドラのポケットの中に逃げ込んだ。彼自身、このような能力の使い方をしたのは初めてであり、新たな能力の使い方を発見した瞬間でもあった。
「おい、ライン………。いや、済まないね。彼はちょっと人見知りなところがあって」
自身のポケットに入ってしまったラインに困惑しつつ、ハイドラはにこやかにドゥームに弁明をする。
「いや、構いませんよ。そんなところも愛おしい。そうは思いませんか?」
「あー、君がそういうならそうなんじゃないかな?」
ラインの異様な態度の理由を察しつつ、ハイドラは表情に出すことなく言葉を返す。成程、ラインは彼に目を付けられた訳だ。
「エクスキューショナー、少し黙っていろ」
「はいはい、申し訳ありません」
自身を差し置いてハイドラと会話をするドゥームに対し、ボールドは厳しい言葉を掛けた。ドゥームが特に気にしていないのを見るに、彼らの中ではいつものことらしい。
「それで、ボールド。何か用かな?」
ハイドラはラインのことを一端頭の片隅に追いやり、ボールドに声を掛けた。
「ふん、旧友に声を掛けるのに用が要るのか?」
「はは、そういう訳ではないけど」
ハイドラの問いかけに、ボールドは鼻を鳴らして答えた。
「そう言えば、今回は君が来たんだね。御当主は元気かい?」
「父は最近の激務で体調を崩してしまってな。名代として私が来たのだよ」
「あぁ、ドットツリー伯爵ももう結構な御歳だったね。容態は大丈夫なのか?」
「少し疲労が溜まっているだけだ。別段心配するようなことはないが、長旅は堪えるらしくてな」
彼らの語らいは旧友同士のものとは思えぬ程、他人行儀な雰囲気を纏っていた。それは偏にボールドの表情のせいである。
眉間には常に皺が寄り、喋るとき以外の口はむっすりと閉ざされている。見るからに不機嫌な態度だった。
昔はこんなでもなかったのだけどな。ハイドラは内心、そう思った。
ハイドラとボールドが出会ったのは、ちょうど今のアミシアと同じ六歳の頃だ。出会った頃のボールドは今とは違い表情豊かで、同じ山林資源を担う伯爵家の跡取りとして互いに頑張ろうと励まし合ったものだ。
そんな関係が変わったのは一四歳の頃だ。中央学院に入学して一年が経った頃、徐々にボールドの態度が険しいものになり、それからずっと今のような関係が続いている。
「それにしても、お前はつくづく運がいいな」
「うん?」
ボールドは唐突にぼやくように言った。
ハイドラはそんな旧友の声に小首を傾げる。
「学院は首席で卒業し、その後直ぐに若くして当主の座に就き、領の経営も滞りなく、王にも気に入られている。自らで魔法使いを引き込み、おまけに子供は王子と同い年。とことん恵まれた境遇だ」
「えぇっと?」
ボールドの棘のある言にハイドラは困惑した。そんなことを言われる謂れはないのだ。
確かにラインを引き入れられたのは運が良かった事柄だが、その他は違う。
主席卒業は努力の成果だし、卒業後すぐに当主を務めたのは父が病で逝去したからだ。そちらは寧ろ運が悪いと言える。本来ならば当主の跡継ぎとして十分に経験を積んでから跡を継ぐはずが、経験の浅い状態で当主として領を纏めなければいけなかったのだから。当主就任後は随分と苦労したものだ。
王に気に入られているのは、コツコツと交流を続けた結果だ。そちらもハイドラからしたら努力の結果だった。
「ふん、自覚なし、か。だから私はお前が嫌いなんだ」
吐き捨てるように言うボールドに、ハイドラは怒りを通り越して呆れを抱いた。
思っていたとしても言うべきことではないだろ。周りには大勢の貴族が集まっているのだぞ。何を考えているんだ、こいつは。自分は伯爵家当主で、彼はあくまで
呆れ果てるハイドラは、しかし、同時に困惑を抱いた。
この目の前の旧友はこんな貴族らしからぬ発言をするような人物だっただろうか。自身に対する態度は確かにぎこちないものだったが、ここまで露骨ではなかったはずだ。少なくとも表面上は取り繕う程度の分別は付いていた。
「あのさぁ、ボールド―――」
ハイドラはチラリと周囲に視線を回し、辺りの者がこちらに注目していることに気が付いた。ならば、この状況も利用するまでだ。
そう考えた彼が、言葉を発しようとした、その時。それは起こった。
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