第9話
ラインが魔法使い達に恐怖を覚えている一方で、アミシアやハイドラ達貴族は粛々と式の準備を進めていた。
王宮内で主に謁見の間として用いられる大広間には国中の貴族が集まり、そして序列順に並んでいる。王族の血筋である公爵が最前列、その次に侯爵、伯爵と続き、その後ろに子爵や男爵が並ぶ。この場に騎士階級の者は参列せず、一部、特別な勲章を持った騎士だけが居た。
この場には六歳以上の子供も沢山いるのだが、やはり貴族の子というだけあって、きちんと教育されているのだろう。騒がしくする子はいなかった。
そんな静寂に支配された空間において、アミシアは途轍もなく緊張していた。私語をするようなことはないが、そわそわと落ち着かない様子で、体を揺らしたり、両親の顔を覗いたり、広間を着飾る豪奢な装飾を見ていたりしている。
そうしていると、次第に彼女の視線は他の参列者に移っていく。自分よりずっと年上の参列者たちはじっと堂々たる立ち姿でその時を待っており、その姿に彼女は尊敬の念を覚えた。
しかし、この場にあるのはそうした大人たちの姿だけではなく、アミシアと同じように私語はしないものの、緊張した様子の子供の姿もあった。
アミシアがちらちらと辺りの様子を窺っていると、彼女と同じように辺りを見渡していた子供と目が合う。両者の視線が合うと、数瞬の間が生まれた。アミシアはその子ににこりと笑いかけるが、その子はぷいと視線を反らしてしまう。
だが、アミシアは悪い気はしなかった。そっぽを向いてしまった子の耳が薄っすらと赤らんでいるのが見えたからだ。寧ろ、自分と同じように緊張している同年代の子がいると分かって、彼女の緊張は少しばかり落ち着いたような気がした。
そうこうしていると、謁見広間を鐘の音が揺らした。式典の始まりを知らせる鐘の音だ。
鐘の音が鳴り響くと、その場に居る全員が一斉に膝を付き首を垂れた。総勢二百余名が風に揺れる木々のさざめきの如く列を為して膝を付く姿は、一種の芸術の様でもあった。
再び静寂が訪れる。
カツカツカツ、と数名の足音。微かな衣擦れの音。耳を澄まさねば聞こえぬ程の呼吸音。それらだけが暫し、この空間を支配した。
「面を上げよ」
司会の鶴の一声で皆、顔を上げる。そうして皆の目に入ったのは三名の姿。背後のステンドグラスから差し込む光で、彼らの姿は神々しく光り輝いていた。
一人は青みがかった白髪で瞳の色も青い色白の男性。
一人は亜麻色の髪を幾重にも束ねた黒目で黄色肌の女性。
そして、二人の特徴を受け継いだ白髪黒目の黄色肌の男の子。
彼らがこの国の王家を担う国王、王妃、そして王子である。
「皆、此度は我が子ケイの為に集まってくれて感謝する」
国王は膝を付く諸侯の顔をぐるりと見渡すと、一歩前へ出て語り始めた。
「皆の尽力もあってか、国が乱れることもなく、無事に此度の節目を迎えることが出来た。加えて、我が子と同じく、皆の子らも無事に成長することの出来た姿を見ることが出来、非常に嬉しく思う。これからも皆で力を合わせ、半島の平穏を築いていこう。私からは以上だ」
王の言葉は手短で、別段当たり障りのないものだった。ブレストテレス王国の美辞麗句を好まない国風を見事に体現したかのような言葉であった。
皆の拍手の後に直ぐに一歩下がると、今度は王子が前へ出る。
「この度は私の為にお集まり頂いてありがとうございます。私がこれまで何事もなく年を重ねられたのも、皆さまのお陰です。これからも、皆さまと共に、健やかに成長できることを願っております。お力添えの程、よろしくお願いいたします」
王子はたどたどしいながらも、きちんと祝辞を読み上げ、一礼する。
それに対して、また、参列者から盛大な拍手があった。
王子は大変緊張した面持ちであったが、皆の拍手を受け、ほっとした顔になると一歩下がり、王や王妃と並んだ。
王家からの祝辞が終わると、今度は諸侯からの答辞がある。今回、その役目を担うのはグラスヤード侯爵だった。こういった場で答辞を行うのは侯爵家が持ち回りで行うのがこの国では普通だ。
グラスヤード侯爵は参列者席から歩み出ると、国王たちの目の前に立ち、一礼すると、しゃがれた声で語り始める。
「この度は王子の晴れやかなお姿を拝見出来たこと、非常に嬉しく思います。王子が公正公平な精神を育むことが出来るよう、これからもブレストテレス王家の下、参列者一同一丸となり、半島の平穏を守る次第であります。王子並びに参列した子らのこれからの健やかな成長を願っております」
侯爵の言葉もまた、王と同じく手短である。彼は深々と礼をすると、参列者の群れに戻っていった。
「以上で、祝儀は終了となります。皆さま、宴会場へ移動をお願いいたします」
侯爵が参列者席に戻ったのを見て、司会が言う。
参列者たちは拍手と共に、立ち上がり、前列の者から広間を後にした。
大広間から移動しながら、アミシアは意外とあっけないものだな、と一人思った。時間にして数分、寧ろ待っていた時間の方が長かったくらいだ。
この国の式典は往々にしてこうだ。面倒な儀礼やらを省き、無くせるものはなくしていった結果、祝辞と答辞だけが残ったのである。
然し、今回の集会の目的は、寧ろこの後の交流会にある。アミシアも事前にそのことは言い付けられているため、歩きながらも、この後にきちんと挨拶できるよう気合を入れなおしたのであった。
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