第2話

 翌日の夕暮、ラインはがたごと揺れる馬車の中にいた。馬車の中には彼の他に伯爵家の騎士が三名。彼らの馬車の周囲にも、伯爵家の馬車が数台連なっており、傍から見れば物々しい様相だ。


「———裁縫屋テイラー、聞いているのですか?」


 騎士の一人、今回の派遣部隊の隊長である男が、ぼうっと虚空に視線を漂わせるラインに対し、少し苛立った様子で問いかけた。


「あぁ、聞いてる聞いてる」


 それに対し、ラインは特に騎士隊長に視線を向けるなどせずに返答する。


「山ん中行って化け物殺せばいいんだろ?分かってるって」

「………その通りです」


 彼の言い草に騎士隊長はむっと眉を顰めるが、言葉に誤りはないので特に訂正はしなかった。


「念のため、もう一度言いますが、我々が向かっているのは、タキケダ山中の村です。貴方には、タキケダ山に出現した魔獣を駆除していただきます」


 魔獣。突如としてこの世界に出現し、辺りに災害をまき散らす存在。如何しようもなく、排除しなければならない存在だ。


「昨晩、魔獣による襲撃があり、駐屯兵が駆除を試みましたが失敗。その後、庭師を複数名向かわせましたが、それも駆除には至らず、撃退に留まりました。村人や駐屯兵、騎士を含めた被害者は総勢十三名、内十名が死亡し、残る三名も重傷を負いました。そのことを受け、今件を特級魔獣と認定。魔法使いである貴方に向かっていただくことになりました」


 騎士はつらつらと事の成り行きを説明する。先ほども全く同じ説明を行ったのだが、目の前の男が聞いているのか分からないため、念のためもう一度説明をしているのであった。

 ウッデンゲート伯爵領特殊治安維持部隊、通称『庭師』の仕事には、こうした領内に紛れ込んだの駆除も含まれている。特に魔法使いである彼に回ってくるのは、一般隊員の手に負えないような強大な魔獣の討伐のような仕事だった。

 

「周辺被害の方は出来るだけ抑えて頂けると有難いですが、駆除が最優先で構いません」

「あぁ、了解。仕事はちゃんとやるよ」


 ラインは一言、気の抜けた声でそう告げると双眼を騎士隊長に向けた。

 その視線を受けた騎士隊長はどきりとする。彼はラインのことが苦手だった。ラインとは何度か仕事をしたことがあり、彼が強大な力を持った魔法使いであることは理解している。だが、その曖昧な在り方だけはどうにも受け付けない。そこに居るはずなのに触れることの出来ないような、しかし急に実体を表してこちらに触れてくるような、そんな彼の在り方が気持ち悪くて仕方ないのだ。


「タバコ、吸っていいか?」

「はぁ、どうぞ。私にも一本貰っても?」

「ん」


 こちらの気持ちなど知らず、そんなことを宣うラインに、呆れからか、はたまた安堵からか、騎士隊長はため息を吐かざるを得なかった。


「最近、多いよな」

「はい?」


 滅多に自分からは話しかけてこないラインが、珍しく口を聞いたことに騎士隊長は目を丸くさせる。危うく咥えた煙草を落とすところだった。


「魔獣。前まで、多くても三月に一回程度だったろ」

「そうですね。今年に入ってから毎月のように出現しています。それに伴って被害も多く出ていますね。ハイドラ様もぼやいておられた」


 魔獣についてはよくわかっていない。その出現する理由も、そもそもどういった存在なのかも。それらについて様々な考察や言い伝えは存在する。しかし、それらの殆どが曰く、この世の穢れが凝縮した姿だ、とか、曰く、祖霊の怨念が祟りに来たのだ、とか。そういった迷信ばかりが飛び交っているだけだ。

 魔獣は出現次第、即刻殺害するのが原則だ。魔獣は町や村を襲い、人を喰らう。普通の獣よりも強大で特殊な能力を行使する個体も存在する。

 それ故、捕獲して研究するということが非常に困難であり、即刻排除するしかないというのが現状だった。


「そういえば、前から聞きたいことがあったのですが」

「ん?」


 騎士隊長はふと、思い出したことをラインに質問をする。普段であれば無視されるだけだと思い、今まで聞いてこなかったことだが、今なら答えてくれるかもしれない。

 

「何故、貴方方魔法使いは、我々に協力してくれるのですか?貴方方は非常に強大な力をお持ちだ。それこそ、魔獣を倒せるくらいに。そんな力を持っていて、何故、皆、領に仕えて下さるのでしょう。何故、魔獣と対峙してくれるのでしょう」


 彼はウッデンゲート伯爵家傘下の騎士の家系の生まれだ。幼少から伯爵家に仕えるように教育されているし、本人もそれが自分自身の使命であると納得している。領民のために尽くすことに意義を感じているし、何より、領民からの感謝や主君からの褒章に喜びを感じている。名誉欲や出世欲などもある。

 しかし、多くの魔法使いは違う。騎士隊長の見てきた魔法使いの多くが、欲というものに無縁な振る舞いをしている。あるとするならば、傍から見れば不可解な当人しか理解できない妄執を抱いているだけだ。

 彼は、強大な力を持ているのならば、もっと好き勝手に振舞えば良いのではないか、と感じていた。態々貴族の家に仕えるなどしなくても、自分のやりたいようにやればいいのでないか、と。魔法使いであれば、それでも生きていけるだろう、と。何故、危険を冒してまで魔獣と戦ってくれるのだろうか、と。


「知るか、んなこと」


 騎士隊長のそうした疑問に、ラインは顔を向けずに答える。彼の疑問はラインにとってどうでもいいものだった。他の奴らのことなど知らないし、自分だって、特に理由があるわけではない。ただ―――。


「どうせ余った命だ。どうなったっていいんだよ」


 彼の口からは、白煙と共にそんな言葉が漏れた。




>>>

>>>


 山中に馬車を走らせ数十分もすると、目的の村に辿り着いた。ウッデンゲート領では有り触れた、林業や狩猟によって生計を立てる村だ。

 闇夜の中、篝火で照らされた村は悲惨な様子だった。家屋の密集地を囲っている柵の一部が盛大に破壊され、村中の家屋は悉く瓦礫へと変貌している。死体こそ片付けられてはいるものの、辺りには黒く変色した血だまりが未だ残っており、人的被害の程を表していた。


「各員、物資の荷下ろし後、速やかに周辺警備に当たれ」

 

 村長に挨拶を終えた騎士隊長が他の騎士に号令を出す。それに合わせて、騎士たちは馬車から食糧や建材などの救援物資を下ろしていく。


「では、村の警備は我々が行いますので、魔獣の方はよろしくお願いします」


 他の騎士が動いたのを見て、騎士隊長はラインに声を掛けた。


「あぁ………、うん?」


 ラインも異論はないため直ぐに行動に取り掛かろうとしたのだが、ふと、視界の端で下ろされ終わった木箱が、がたりとが動いたのを捉えた。


「ちょっと、どこへ」


 それが気になったラインは、騎士が引き止めるのを無視し、そちらへと歩いていく。


「おう、お嬢、何してんだ?こんなとこで」


 荷物へと辿り着いた彼は、おもむろにその木箱の蓋を取り払うと、そこにはアミシアが入っていた。


「お嬢様⁉何故………」

「えへへ」


 ラインの後ろから付いて来ていた騎士隊長も愕然としており、言葉にならない様子だ。そんな中、アミシアは悪戯が成功して喜ぶようにはにかんでいる。


「なんで、お嬢さま、こんな、危険です。あぁ、なんてことだ………」


 騎士隊長は目の前の現実に頭が追い付いていないようで、頭を抱え、わなわなと震えだす。この村は今、領内でも特急の危険地帯だ。そんな場所に自身の仕える主の娘がいるのだ、無理もない。


「すぐさま帰りの馬車を、いや、しかし………、だからと言ってこの場には、くそ、私はどうしたら、あぁ、旦那様にはなんと言えば………」


 ぶつぶつとこの場の対応について思考を巡らす騎士隊長を放って、ラインはアミシアを抱き上げて、箱の中から外へ出した。


「お嬢、良い子はもう寝る時間だぞ?」


 彼は彼女を地面に下ろすと、少しズレたことを言った。


「うん、ごめんなさい。でも、ラインがお出かけするの、見ちゃったから」


 彼女が馬車に忍び込んだのは、昼間に屋敷から出ていくラインを見かけたからだ。幼い彼女はただただ、それをラインが何処かへ出かけるのだと理解し、付いてきてしまったのであった。


「俺はこれから仕事だから相手はできないぞ?遊んでもらうなら、そこのおじさんにしときな?」


 ラインはそんな彼女を叱るでもなく、騎士隊長を指さして言った。


「お仕事?わたしも行きたい!」

「なりません!」


 彼の言葉に彼女は随行の許可を求めるが、そうしている内に復活したのであろう騎士隊長が割り込んで、彼女の要求を突き返した。当たり前だ。ラインがこれから向かうのは魔獣の下。そんな危険な場所に主君の娘を向かわせるわけにはいかない。


「お嬢様、辺りをご覧ください。この場は危険なのです、ご理解ください。そして、どうぞ私の傍から離れずに大人しくしておいてください」

 

 騎士隊長はアミシアを少数の護衛で送り帰すより、この場で護衛することを選んだのだろう。彼はアミシアの目を見て、はっきりと窘めるように言った。


「え、と、ごめんなさい………」


 そして、アミシアは彼の言葉で初めて、辺りの惨状を目にした。壊れた家屋や落ち込んだ人々の様子を見て、完全に理解したとは言えないが、少なくとも、自分が気楽にはしゃいでも良い雰囲気ではないことは理解した。彼女は少し気落ちしたように、騎士隊長の言葉に小さく頷いた。


「ん、じゃあ俺はもう行くから。すぐ戻ってくるからいい子で待ってるんだぞ?」


 しょんぼりとしたアミシアの様子を見て、ラインは付いて来ないのだと理解した。そして、しゃがみこんでアミシアと目線を合わせると、いつも通りのへらへらとした笑みを浮かべて彼女の頭をなでる。

 

「うん………」


 アミシアが掻き消えるようなか細い声で頷くのを聞いたのか、否か、ラインは直ぐに立ち上がって背を向けてしまう。そんな彼の背中を彼女は心細げに見つめるが、それが彼に伝わることはなく、彼は軽い足取りで村の外へ足を向けた。

 それを見て、アミシアは俯いてしまう。

 

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