放課後とケーキ

 放課後を知らせるチャイムが鳴る。と、同時に春が近付いてきて叫ぶ。


「ケーキ!」


「は?」

 

「誕生日だからケーキ食べたい!」 


「行ってらっしゃい」


 違うじゃん!と言い膨れた彼女を見上げ、ため息をつく。


「店売りのでいい?」


「一番良いのは手作り」


「手作りはコスパが悪い」


 駅中の食べ放題のところがいいかな。などと考えながら纏めた荷物を手に持ち立ち上がる。


「お願い……綾人の手作りが食べたいの」


 それを見て、春は俺の袖を右手で摘みながら、上目遣いでおねだりしてくる。思考を読まれた気分になる。いや、読まれたのだろう。


 教室の空気が変わる。周りの視線が集まりだす。彼女の潤んだ瞳が、窓から射す夕日に反射する。圧倒的な『演技力』。


 幼い頃から観てきたからこそ分かるが、春の演技を演技だと気づける人間は、実はそうはいない。それほどまでに卓越した才能。


 こうなると、春の我儘は俺にはどうしようもなくなる。


「わかった。チョコレートケーキでいいな?」


「作ってくれるの?!ありがとう!」


 ニコッと笑う彼女は、さっきまでとはまるで別人だ。諦めて鞄を肩に掛け、教室を出る。


「何だったんだ……?」


「今の演技?」

 

 すれ違うクラスメートの言葉に、なんとかしないとななどと思いつつ、ケーキの材料を頭に浮かべるのだった。




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この左手は君のもの 天野詩 @harukanaoto

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