第5話 ダラダラビッチャ ※本間視点

「あいつら、一体なんだってんだ? 急に走り出しやがって……ついていくか」


そう思った俺は、駆け出した二人の後を、少し間を開けて追う。まるで探偵だなと思いながらも、探偵はこんなに走って尾行なんてしないかと馬鹿なことを考える。


「ん!?」


そのまましばらく追いかけていると、二人が突然立ち止まったので、俺は慌てて電柱の陰に隠れる。周りは住宅街で、不自然に俺たち以外の人の気配が全く存在しない。

天曇の奴が、拳法家のように真っ直ぐに掌をかざす。すると、なんと空中に謎の波紋が広がり、二人が腕を伸ばすと呑み込まれるようにして消えてしまったのだ。


「どうなってんだ……?」


俺は恐る恐る、二人が消えた先の空中に指を突っ込む。と、先程目撃したよう、波紋が広がった。


「き、キモッ」


慌てて指を抜こうとする。が。


「はぁっ!? うわあっ!」


向こう側から強い力で引っ張られ、俺の身体は波紋の中へと吸い込まれてしまった。


「おっとっと」


たたらを踏んで、なんとか地面に踏みとどまる。周りを見渡すと、なんと先ほどの住宅街の光景とほとんど変わらなかった。てっきりなんかすごい世界に飛ばされるんじゃないかと拍子抜けしたが、そこに広がるのは日常……いや。


「暗ぇ……」


空が、まるで墨汁をこれでもかと垂らしたように真っ暗な曇り空なのだ。


「ん? ありゃ何だ?」


そのまましばらく歩いていると。遠くの方に何やら大きな物体が見える。どうも人のようだ。


「いやでも、デカすぎるだろっ?!」


人といっても、そこら辺にいるパンピーではない。数十メートルはあろうかという、まさに巨人が直立していたのだ。


「怪異王かよ」


アニメーション映画の『怪異王』に出てくる「ダラダラビッチャ」という巨人のような見た目だ。髪の毛があるが、スライムのように青く半透明で、しかもニョロニョロしている。腕は四本あり、指は各六本。爪は長く、しかも尻尾まで生えてやがる。明らかに人類種じゃないナニカだ。


その仮称ダラダラビッ巨人チャが親指と人差し指で輪っかを作ると、そこから光の柱が薙ぎ、巨人の眼下にある街並みが一瞬にして破壊された。


「うおおぉぉぉっ!」


爆風がコチラまで飛んで来、俺は吹き飛ばされて地面の上をゴロゴロと転がってしまう。


「イテテ……」


骨の何本か折れてるんじゃないかという痛みが襲う。


「……あれっ?」


しかしその痛みも、すぐさま引いてしまった。ここが多分現実世界でないからなのか? あんな巨人、いるわけないもんな。いやしかし、俺は現にここに存在しているし……どうなってんだか。


だが、ここでぐずぐずしていても仕方がない。こんな目に遭っているというのに、やけに冷静な気持ちのまま、何故か惹かれるがままに巨人の方へ駆けていく。


「あれは……天曇!? それに、樹奈ちゃんもっ!」


またしばらくすると、今度は見知ったクラスメイトの二人が目に入った。しかも飛んでやがる。某格闘漫画のように、巨人の腕払いや踏み付けを躱しているのだ。


「おーい! 二人とも!」


「「!!」」


声をかけると、二人が一斉にこちらに気付く。


「なんで、ここにっ、いる、んだ!」


「そうよっ!? 危ないよ、本間くんっ!」


「お前らこそなんでいるんだよ!」


そしてそう叫んだ後、天曇がダラダラビッチャモドキの攻撃を避けながらこちらに飛んできた。


「本間、どうやってここに入ったんだ」


「いや、あの変な波紋を」


「なっ」


途端、目の前の親友の顔が険しくなる。


「どういうことだ……いやしかし…………わかった。とにかく、今すぐここから出るんだ」


「出る? いやでもどうやって」


「俺が案内する。樹奈!」


「わかった!」


天曇が樹奈ちゃんに声をかけると、彼女は巨人の意識をそちらに向けるようにだろうか、その目の前をブンブンと飛び回る。悪いけど、ちょっと蠅のようだと思ってしまった。




「----ん?」




瞬間、俺の脳内に一つの映像が浮かび上がる。


「天曇、樹奈ちゃんが危ない!」


「は?」


俺の肩を掴む天曇が、訝しそうに眉を顰める。


「いいから早く、遠ざけるんだ!」


そう激しい剣幕で述べると。


「わ、わかった」


天曇が再び飛び上がり、ハエ……じゃなかった、樹奈ちゃんの元へと舞い戻る。そして二人して離れた瞬間。




----<<<ahbbudrotimauman>>>



巨人の口から、奇怪な音が発せられる。と、その巨大な身体の周囲に青白い光がまとわりつき、次の瞬間。


「きゃあっっっ!」


「うおっっっっ!」


「くぅっっっっ!」


トンデモねぇ爆風がやってきた。咄嗟に腕で顔を庇う。と、何故か吹き飛ばされない。


「天曇?」


「しゃ、しゃべりかけるなっ!」


天曇が両手を突き出し、バリアのようなものを俺たちの周りに展開してくれていたのだ。お前そんなことできたのか!


そうしてしばらくすると、爆風は収まる。土埃が舞い上がる中、徐々に開けた視界から見えたのは、完全に更地になってしまった住宅街だ。

いや、よく見ると、遠くの方で先程の攻撃で吹き飛ばされたあらゆるものが積み上がって壁になっている。まるで同心円状の巨大な舞台のようだ。


「二人とも大丈夫!?」


「あ、ああ、なんとか。久しぶりだな、こんなに強力な奴は」


「久しぶり……ってことは、今までもこんな奴らと戦ってきたのか? お前たち」


「そうだ」


「にごるん?」


「今更だ。隠してもどうしようもない。それよりも、機関に何と説明したものか」


機関、か。つまりこの二人は、こんな物騒なフザけた世界で、こんなヘンテコな巨人と戦ってきたってわけか。まさかそんな創作物のような出来事が、この世界にも存在したとは……ビックリ鈍器だぜ。


「まあ今はとりあえず、あいつを、だな」


「ええ。ごめんね、本間くん、もう少し待ってて!」


と、樹奈ちゃんは俺に語りかける。


だが俺は。


「いや、俺もいく!」


「「はあっ!?」」


「何だか、さっきから変な感じなんだ。こう、不思議な力が湧いてくるっていうか。さっき天曇に言ったことも、脳内に映像が浮かんだからなんだ。樹奈ちゃんが、爆風に巻き込まれて……とにかく、な!?」


「いや、そんな」


「わかった」


「にごるん!?」


俺の説明に、樹奈ちゃんは渋い顔をしたが。一方の天曇は、何かを悟ったように一つ返事をする。


「いこう、そして俺たちで倒すんだ」


「よっしゃ!」


「ええ〜〜! どうなっても知らないよ! 私、責任取らないから!」


「いや、大丈夫だ。俺の感では、きっとコイツの存在は機関に認められるはずだ」


「何でわかるのよっ」


「俺も同じだったからだ」


「えっ?」


天曇も同じ……何を指してそういっているのかはわからない。ただとにかく、俺の要求は無事通ることになりそうだ。


巨人は俺たちの方を見て、最初に見た様、再び指で輪っかを作っている。


「またくるぜ!」


「ああ。ダブルピアス、飛ぶんだ」


「おい」


こいつ、この期に及んでなんて冗談を! しかも樹奈ちゃんの前で!


「この空間では、コードネームで呼ぶことになっている」


「そ、それならもっとカッコいいのでだな……!」


だが天曇もさっき、思いっきり"にごるん"って呼ばれていた様な気がするんだが。


「いいじゃん、呼びやすいよ? ダブルピアスくんっ♪」


「樹奈ちゃんまで……いや、この場合はじゃあ何て呼べばいいんだ?」


「俺は……"アミター"だ」


「私は"ユニユニ"!」


「アミターにユニユニな。わかった、いこーぜ!」

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アミター・コンプレックス ラムダックス @dorgadolgerius

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