第4話 予測


 天曇が、樹奈があの"ガーちゃん"だと気が付いたのは、クレープ屋での一件の時であった。しかしその立ち振る舞いから、いつも第二校舎でやり取りをしていた"裏"であったことには転校初日に目にした瞬間から気がついてもいた。

 天曇にとっては、驚きと納得が一度にやってきた一日であった。




 そしてそんなイベントがあった日から数週間。転校生樹奈はいまではもう最初からいたかのようにクラスに打ち解けている。どうやらあの教壇前での挨拶は、天曇にわざと裏の顔を見せつけていただけのようで。

 普段は"明るい樹奈ちゃん"を振る舞うのみであったため、クラスメイトからの評判も良く、放課後もちまちま遊びに行っているようだった。当然、樹奈の機関での顔は誰にも知られていない。


 一方の天曇は、"普段"の距離感を心掛け、樹奈とは"久しぶりに再開した幼馴染"の関係をアピールしている。

 トライ・エラー機関がどのような意図を持って、わざわざ幼馴染を押し付けてきたのかはわからない。が、天曇にとっては"表"を続けること自体には支障がないため、そういうものなんだと割り切るようにしていた。


「今日から休みか。そっちは部活あるんだっけか?」


「そうなんだよな〜、だるっ。まあ試合も近いし仕方ねえけど」


 バスケ部に所属する本間は、他校との親善試合が控えているため、ゴールデンウィークでも部活動がある。


「天曇はそのまま休みでいいよな〜。ってか今更だけど、「知的探求部」って一体何をしてるんだ?」


「え? そのままだけど」


「いやいや、そのまま、でわかるわけねぇだろ。樹奈ちゃんも何故か入っちゃったらしいし……まさか二人でイチャイチャしてるんじゃねーよな!?」


 本間は、天曇のことを羨みとやっかみを混ぜたような視線で睨みつける。


「そんなんじゃないって。幼馴染っても本当に昔の話だし、今はただの同級生だろ? 知的探求部自体も、オカルト研究会と陰謀論研究会が混ざったようなところだよ。去年はまだ先輩がいたけど、今年は幽霊部員がほとんどでまともに活動もしてないし」


「って言うことは、いまは樹奈ちゃんと部室で二人?」


「ん? まあな」


「……監視してやる」


「は?」


 と、本間はおもむろに立ち上がる。


「俺を部室に招待しろ!」


「何故に……」


 いきりたったダブルピアスは、ドヤ顔で次のように述べる。


「俺が、お前たちの関係が本当に清廉潔白なのか、確かめてやるためさ!」


「は?」


「何もないって言うなら、行っても問題ないだろ? よく考えると、あそこの部室入ったことないんだよな。別にいいだろ? 幽霊部員ばっかって言ってたじゃねーか、他のやつの邪魔にはなんねーよ」


 本間はどこまで本気なのか。しかし、部室突撃は本当にやる気のようで、天曇の顔は名前の通り曇り空になっていく。

 あそこには通常は見られて困るものはないが、しかし樹奈の管理しているパソコンなどが置いてある。勝手に触られると困る、と天曇は返事を渋っているのだ。


「いいじゃん? 本間くんも、おいでよ!」


「えっ!?」


 すると、どこから会話を聞いていたのか、いつの間にか近くにやってきていた樹奈がそう告げる。


「マジ?」


「マジだよ〜」


「よっしゃっ!」


 本間はやたらと喜び、両拳を握りしめる。


「本間、まさか、お前……」


 天曇はその時、とあることに気が付いたが、しかし確証もなくまた樹奈も近くにいたため、それ以上口にするのはやめた。







「へえ、何もないな」


「当たり前だろ」


「いや、ゴムの一つや二つ……へぶっ?!」


「しね」


 本間が言った通り部室にやってき、天曇は予想通り部屋を漁り始めた変態ピアスを咎める。ちなみに本間は部活をサボってこちらにきているため、後で顧問に怒られることであろう。


「んもうっ!」


「ごめんごめんっ、樹奈ちゃん」


 知的探求部の部室には、左側に本棚が。部屋の中央に机とパイプ椅子、それと奥の方にパソコンが一台置いてあるだけ。人も4、5人入ればいっぱいの狭い部屋だ。なにせ、元々この部活を作った卒業生が、物置同然の使われなくなった準備室を無理やり部室にしたのだから当然だ。


 本間はその狭い部室を蟻でも見つけるかのように

 しらみ潰しに探索している。


「ほら、満足しただろ?」


「いや、まだだ!」


「なんでだよ」


「言っただろ、俺は二人の様子を観察しにきたんだからな?」


「見ても何も起きないぞ?」


「いや、わからん。そう言って俺を騙そうとしているかもしれないだろ」


 本間が、やけに天曇に食ってかかる。しかしその意識はおそらく自分に対してというよりも、樹奈に対して向いているように、天曇には見受けられた。


「まあまあ、いいじゃない? にごるん」


「にごるん言うな。仕方ねえなあ」


 そう言って、三人は下校時刻になるまで談笑をして過ごす。








「そろそろ帰るか」


「んだな」


 日も沈み始める頃、三人は連れ立って帰ろうと、昇降口までくる。


「……!」


 すると、不意に樹奈が立ち止まった。


「にごるん、やばいかも」


「は?」


「大型、きちゃった」


「……まじか」


「うん」


「え? 大型?」


 二人が突然謎の会話をし始め、本間は戸惑う。


「ごめん、帰るわ」


「私も! また明日ね!」


「え、ちょっ……はあ?」


 樹奈と天曇は、本間を置いて駆け出す。


「それで、規模は?」


「懈慢」


「……マジか」


「衆生」には、いくつかの危険度ランクが存在する。


「で、クラスは?」


「歓喜地」


「…………マジか」


 そしてまた、沙門度レベルも存在する。


 危険度は、その衆生が何の抵抗も受けずに暴れた場合の予測被害度を表したものである。

 沙門度は、その衆生個人が持つ能力を表したものである。


 沙門度がマグニチュード、危険度が震度と言えばわかりやすいだろう。


「いくぞ」


「ええ」


 樹奈はお仕事モードに戻り、天曇と二人して空中の波紋を通り抜けた。


「でけえな」


「ええ」


 そして目の前に現れたのは、数十メートルにもなる巨大な生き物だ。

 髪の毛もあり、ぱっと見ただの巨人である。しかし人間と違うのは、手が四本あること。そしてトカゲのような尻尾が生えていることだ。


 その巨人が、右手の親指と人差し指を輪っかにする。と、その輪の中心に光の球ができていき、そこから巨人の前方に向かって一直線に線が走る。そこから遅れて途轍もない爆発と熱が巻き上がり、二人を襲った。


「くっ」


「きゃっ!」


 機関の一員としているときはいつも冷静を心がけている樹奈も、さすがに小さく悲鳴をあげる。


「大丈夫かっ」


「え、ええ、ありがとうございます」


「敬語、やめろよ。めんどくさい」


「えっと……わかった、にごるんの前ではそうするね」


「だからなぁ。っと、まあいい。それよりも早くしないと」


「ええ」


 天曇と樹奈が巨人に向かって駆け出した瞬間、巨人の視線が二人の方を向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る