第3話 再会


「ねえねえ、今日歓迎会しない?!」


「そうよ、せっかくだし」


「来てくれるかな?」


「構いませんよ」


 樹奈の周りには、案の定、クラスメイトが情報に飢えたハイエナのように集っていた。既に遊びの約束を取り付けている女子群もおり、滑り出しは上々といったところだろうか。


「いいよな、女子って」


「え?」


「いやあ、出会ったばかりの奴でも、ああして気軽に話しかけても邪険にされないんだからさ」


「なんだそりゃ」


 本間の愚痴る通り、男子たちは今のところ遠巻きに見ているだけで、注目の転校生と接しているのは専ら女子生徒だ。というよりも、女子たちが男子をブロックしているようにすら見受けられる。

 女の世界は複雑怪奇ではあるが、少なくとも樹奈を邪険にしようという雰囲気は見受けられない。となれば、悪い虫が引っ付かないようにしていると考えるのが妥当だろう。


「ん……?」


「どうした? 天曇」


「いや、気のせいか」


 そんな話をしていると、ほんの一瞬だが、あちら側から視線を感じた悪い虫予備軍天曇。だが気のせいだったのだろうか、と、かぶりを振る。


「おーし、そろそろ席につけー」


 すると、そのタイミングで猿剛が教室に入ってくる。また後で、と挨拶を交わし合う声が左後方からしたのち、チャイムが鳴った。







「ほうほう、これがクレープですか」


「樹奈ちゃん、本当にクレープ知らないんだね〜!」


「テレビなどで見たことはありましたが……実際に手に持ってみると、意外と大きいものなのですね」


「どうしてこうなった……」


「さあ?」


 放課後、部活を終えた二人が件のクレープ屋さんに向かうと、そこには既に先客がおり。それもなんと、朝なんらかの約束を交わし合っていたクラスの女子群であったのだ。


 会話内容から察するに、樹奈はクレープを食べたことがないらしく。初めて食べた物体を前に興味津々な様子である。

 朝の緊張していた感じとは打って変わり、キラキラと瞳を輝かせ、年相応といった雰囲気だ。


「こうしてみるとかわいいな、あの


「だな」


 などと益体もない会話を繰り広げ、二人はそのままクレープ屋さんの方へ向かう。


「あっ」


 樹奈たちクレープを頬張っていた数人が、少し恥ずかしそうにする。クラスメイトに不意に食べる姿を見られたからだろう、慌てて口からクレープを離す。


「本間じゃん、どうしたん?」


「見てわからんのかい、食べに来たんだよ、それ」


 女子の一人から話しかけられた本間が、相手の両手に供えられている黄色いソレを指差す。


「はあ? まさか、間接キスとか?」


「なんだそれ、中学生かお前は。ふつーに興味あったから来たんだよ」


 本間は、相手が普段からちまちま話す女子生徒であったため、気安く軽口を叩きあう。




「--にごるんも食べに来たの?」




「えっ?」


 と、唐突に今日の話題の中心人物が口を開く。その口からは、おおよそ聞きなれない単語が紡ぎ出された。


「にごるん……? 天曇のことか?」


「そうですよ?」


 樹奈は、至って当たり前のことなのに、とでもいいたげに、頭の上にハテナマークを浮かべる。


「にごるん……」


 その時、当の天曇の脳内には、ある一つの記憶が呼び覚まされていた----






「----にごるんっ! もし将来、また出会うことがあったら、絶対に付き合おーね!」


「ああ、絶対な……!」







「まさか、ガーちゃん、なのか?」


「もうっ!? そのあだ名で呼ばないでほしいな、にごるんっ!」


 途端、先ほどまでの清楚な立ち振る舞いは何処へやら。樹奈はそのもちっとした両頬を膨らまし、怒りを表現する。

 周りのクラスメイトたちは、天曇とは違う理由で呆気に取られていた。


「えっ?! 樹奈ちゃんと高原って、知り合いなの?」


「天曇、お前……」


「あ、いや、たった今思い出したんだっ。俺には幼馴染がいて……幼稚園を卒園する直前に、親の都合とかで引っ越していってさ……それがまさか、流戀さんだったなんて」


 天曇は己の頭にある古い幾つかの記憶を呼び覚ましながら、そう答える。


「運命の再会ってやつ!?」


「きゃあっ♪」


 女子たちは、少女漫画にあるような展開にたちまちに黄色い声を上げる。


「ガーちゃん、あ、いや、流戀さん、久しぶり、になるんだよね?」


 本間が恐る恐ると声をかけると。


「もう、やめてよにごるん。ガーちゃんは嫌だけど、よそよそしくもしてほしくないなっ?」


「あ、ごめん……樹奈ちゃん」


「よろしい!」


 そんな二人のやり取りを見て、恋愛ジャンキー女子たちは更にテンションを上げ。一方の甘味ジャンキー本間は少し冷めた目でその光景を眺めている。


「はー甘い甘い。じゃあ俺、クレープ食べてくるから」


「私たちも〜」


「いや、お前ら食べてるじゃねーか!」


「いいからいいから、ね?」


「……はあ、しゃあねえな」


 と、最後の言葉を、本間は女子にではなく天曇に向けて述べる。そしてそのまま連れ立って、クレープ屋の屋台へと向かった。


「……で、なんのようだ?」


「最近、「衆生」の活動報告が増えているようです。ですので、この際表立って接触しやすいようにとのことで」


「へえ、そうか。ま、上の言うことにゃ従わないとだしな」


「私たちは機関に所属する人間、組織に阿るのは致し方ないことです」


 樹奈はその笑顔を崩さずにポーカーフェイス会話を続ける。


「と言っても、私たちが幼馴染なのは事実なのですが」


「だな。ガーちゃん」


「…………次にそのあだ名を口にしたら、寝ている間に"あちら"へ強制的に送り込みますからね?」


「おーこわっ」


 天曇はジト目の樹奈を眺めつつ、横目に屋台の方へと意識を向ける。本間たちは楽しそうにクレープを選んでいるようだ。


「それにしても、活動が活発になっている点については気になるな。あの獅子舞蛙のこともあるし」


 天曇が先日倒した衆生は、そのまま獅子舞蛙と名付けられた。

 活発になっているとは、出現数が増えたのみならず、文字通りの意味も含み。出現予測ポイントとはズレたところで会敵したように、衆生の動き自体が激しいことも指している。


「その調査も含め、私が"表"に出てきたわけですから。これからしばらくお世話になりますからね?」


「ほいほい」


 機関----すなわち「トライ・エラー」には、"表"と呼ばれる実働部隊と、"裏"と呼ばれる支援部隊がいる。樹奈が今まで第二校舎の空き教室でしてきた仕事は裏であり、これからこうして天曇と行動を共にすると言うことは、表の仕事を担当することを意味する。


「ま、とりあえず、食べろよ」


「あ、はい。もぐもぐ……んー、おいしいっ」


 樹奈が残りのクレープを頬張ると、そこには既に組織の一員としての顔はなく。ただ、一人の女子高生がいるのみであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る