第九話 新たな出会い
マータス町は、人々の活気で溢れかえっていた。
商人が中継地点として利用しているからか、
アンカータ村とは違い、町の建物はどれも頑丈そうだ。
レンガや石造りが、この町では基本らしい。
そんな町に着いて早々、驚きの事実を実際に目撃した。
マルニの話によれば、
人に近い容姿の種族もいれば、そうでない種族もいた。
動物の特徴を彷彿とさせる獣人から、爬虫類の特徴を引き継いだ爬人と、中にはなんの種族かわからない者すらいる。
村のほうでは、自分と近しい人間しかいなかった。しかしこの町では、他種族が活動している姿がいっぱい見られる。
咲弥はあちこちに視線を巡らせ、感嘆の声を出した。
「わぁああ……本当に凄いなぁ……」
すでにマルニとは別れており、隊商とも話がついていた。
王都に向かうのは、二日後となる。それまでの間、隊商が確保してある宿屋に、咲弥も宿泊する手はずとなっている。
当然、個室ではない。一室を複数人で利用する形だった。
宿屋に行ったところで、寝る以外にやることはない。
だから暇潰しがてら、そのまま観光にやってきたのだ。
(どこから行こうかな。やっぱり、まずはギルドかなあ)
レイガルムの角を、早速お金に換えておきたい。
本日の分の食料は、マルニから受け取っている。しかし、明日以降からは、自腹で食いつながなければならないのだ。
まずこの町には武器屋、防具屋、道具屋、素材屋がある。
本当にアニメやゲームを思わせる世界だが、レイガルムのような怪物がいる。
だからこれらの事実に、納得するほかない。
(うぅーん……)
咲弥は心の中で
あてもなく、町を歩き回るのも悪くはない。だがそれは、多少なりとも、お金を手にしてからでも遅くはないだろう。
ギルドの場所が聞けると考え、まずは素材屋へ向かった。
「らっしゃい! 何をお求めだい?」
四十代のやや小太りした女が、満面の笑みで応対した。
咲弥は
「あの、少し場所をお聞きしたいんですが……レイガルムの角を引き取ってくれるギルドって、どこにありますか?」
「それなら、ここから南に下ったところにあるよ」
「ありがとうございます! 助かりました」
咲弥はお辞儀してから、店から出るために
「ちょいと待ちな、兄ちゃん」
「……はい?」
「角ならギルドじゃなくたって、私が買い取ってやるよ」
「え……?」
「レイガルムなら、どうせ八〇〇スフィアぐらいだろうさ。手間が省かれたと思って、私が七〇〇スフィア引き取るのはどうだい?」
スフィアとは、さまざまの国々で扱える通貨単位だ。
村に滞在中、不足なく扱える程度には学んでいる。
しかし物価などは、場所によってかなり変動するらしい。
勉強のしようがなかったため、手付かずとなっていた。
レイガルムの角は、多少のお金になると聞かされている。
日本円で七〇〇だと考えると、とても少なく感じられた。
(一スフィアが、一〇〇円の可能性もあるかもだけど……)
お金の価値が、まだあまりよくわからない。
もし想像通りであれば、結構な大金ではある。
咲弥は少し考え込んだが、特に急ぐ話でもない。
もう少し勉強してから、売るほうがいいと結論を導いた。
「どちらにしても、足は運んでみたいので……すみません」
「はは……そうかい。じゃあ、八〇〇スフィアでいいよ」
「え、あの、いいえ……」
「わかった。じゃあ、一〇〇〇スフィアならどうだい?」
「えっ……?」
いきなり三〇〇スフィアも、買い取り価格が上がった。
不思議に思いつつも、咲弥は驚くしかない。
店員の女は、とても穏やかな顔で返事を待っている。
「これも、何かの縁さ。一〇〇〇スフィアで買い取るよ」
その申し出は、素直にありがたいと思った。
これから先、何があるのかはわからない。
お金は少しでも多いほうが、今後のためにはなる。
「わかりました。それじゃあ……」
「ちょっと、待ちなって。おばさん?」
咲弥の発言中に、背後から若い女の声が飛んだ。
赤髪を後頭部で綺麗にまとめた女が、背後に立っていた。
二十歳前後か、かなり目のやり場に困る服装をしている。
胸元とお腹が丸出しのシャツの上にジャケット、下半身はショートパンツにニーハイブーツと――昼間は別にいいが、確実に夜は耐えきれそうにない。
(……凄く綺麗な人だなぁ……目の色も、青くて綺麗だ)
容姿端麗という言葉が、ここまで似合う人もそういない。
そんな美女が、すたすたと歩み寄ってくる。
「八〇〇スフィアってさ……それは〝ガルム〟の角二本分の値段でしょ? レイガルムの角なら、一本でガルムの五倍、四〇〇〇スフィアが相場よね?」
「え……? そうなんですか?」
咲弥は驚き、女店員を見た。
穏やかだった表情が、今はとても渋い顔に変化している。
相場の話は、事実だったようだ。
「君。持ってるレイガルムの角、見せてくんない?」
「あ、え、あ、はい……」
赤髪の女に、レイガルムの角を手渡した。
彼女はあらゆる角度から、レイガルムの角を眺めている。
「かなり状態もいいし、五〇〇〇スフィアはかたいわね」
「ほ、本当ですか?」
「言っておくけれど、私は〝狩り〟専門。もちろん、素材の相場の把握は、基本中の基本だから、間違いなんてないわ」
女店員のほうから、舌打ちが聞こえた。
「ったく、商売あがったりだよ。とっとと帰んな」
「は? ちょっと待ちなよ」
「なんだい?」
「素材を安く買い取り、加工なりなんなりで売るのは商売の基本。だけど……
赤髪の女の
女店員が、すっと片目を細める。
「何が言いたいんだい?」
「このレイガルムの角なら、ギルドでは五〇〇〇スフィアで間違いない。だから、おばさん。これを六〇〇〇スフィアで買いなさいよ」
女店員は荒々しく、木造りの台を叩き鳴らした。
あまり気持ちのいい音ではない。
咲弥は体が、少しびくりと震える。
「ふざけんじゃないよ。赤字も大赤字じゃないか」
「七〇〇で奪おうとしたくせに? それ言っちゃうの?」
不穏な空気が、女達の間を行き来している。
咲弥はおろおろと、ひたすら見守ることしかできない。
「わかったよ! ったく……」
女店員は仰々しいため息をついた。
台の下に屈んでから、ずかずかと重い足音を立てる。
咲弥は六枚の紙を、叩きつけられる形で手渡された。
それは独特の印字が施された、この世界でのお
このお
「六〇〇〇スフィアだ。これで文句ないだろ」
女店員は怒り声で言い、今度は赤髪の女の前に立つ。
レイガルムの角が、まるで奪い取るように引き取られた。
「さあ、とっとと帰んな!」
「おお、怖っ……自分が悪いくせに。さ、行きましょうか」
不機嫌な女店員に、咲弥はお辞儀しておく。
それからすぐに、赤髪の女を追った。
少し歩いたところで、横に並んでお礼を伝える。
「あの、ありがとうございます。お陰で助かりました」
「そうねぇ……一〇〇〇スフィアで、どうかしら?」
不意に立ち止まり、女は人差し指を立てた。
綺麗な顔をほころばせ、さらに言葉を続ける。
「ギルド価格にはなるんだから、悪い話じゃないでしょ?」
「確かに……そうですね。わかりました」
咲弥は持っていた六枚のお
お
「ふふっ、毎度ありぃ!」
「いいえ。本当に、ありがとうございました」
やや呆れ顔をして、女はため息をついた。
「これからは、もう少し気をつけることね。いったいどこの出自なのかわからないけれどさ、あんたみたいなのは、いい餌にされちゃうんだから」
女が人差し指で、咲弥の額を軽く押してきた。
唐突な振る舞いに、咲弥は少し恥じ入る。
「あんたの故郷では、いい人しかいなかったの? ここではみんながみんな、いい人ばかりってわけじゃないからね?」
「はい。でも、あなたが助けてくれました」
女は小首を
「まっ、いいけどね。私はネイ。あんたは?」
「あ、すみません。咲弥っていいます」
「咲弥君か……あまり見ない格好ね。どこから来たわけ?」
咲弥はお得意の方便を伝える。
「ここからずっと遠い、海を渡ったところですね」
「……? どうして、こんなところに来てんの?」
「ああ……えっと……いろいろ事情があったから……です」
ネイはふぅんと生返事をした。
「
「はい! 本当に、ありがとうございました!」
「はぁい。じゃあねぇ」
軽い足取りで歩き、ネイは前を向いたまま手を振った。
ネイの背に向け、咲弥は頭を下げる。
少しして、小さな子供の声が耳に届いた。
「お母さん。ただいま!」
後ろを振り返ると、素材屋の前に小さな男の子がいる。
その男の子に寄っていく、女店員の姿があった。
さきほどとは違い、優しい顔で子供の頭を
咲弥はなんとも言えない気持ちを抱いた。
安く素材を仕入れ、商品として高く売る。
ネイが言った通り、それは商売の基本に違いない。
家族を守るためには、お金がいる。だからきっと、利益を上げるために、少し乱暴なやり方になったのだと思われる。
だからといって、非道な商売をしてもいいわけでもない。
しかし、咲弥は自然と足を進めた。
「あの……素材屋のおばさん?」
女店員が振り向くや、その顔が鬼の形相へと変わる。
その気迫を受け、咲弥はわずかに一歩引き下がった。
「まだここらにいたのかい。とっとと消えな」
「あ、いえ……あの」
手に持っていた五〇〇〇スフィアを差し出した。
「なんだい、それ」
「一〇〇〇スフィアは、もう手元にないんですが……これは、お返します」
「はあ?」
女店員が
咲弥は言葉を選び、わかりやすいように伝える。
「一〇〇〇スフィアで、売ったということにしてください」
「な、何を
「別に、何も……ただ、嫌なんです」
「何がだい……?」
「なんと言えばいいのか……うぅん……」
いい言葉が思い浮かばず、咲弥は
妙な間に
「……たぶん、自分の中で正しくありたいんだと思います。どれが正解で不正解なのかは、自分でもわかりませんが……そうしたいって思いました」
「……何が言いたいのか、さっぱりわからないよ」
言った本人ですら、自分の発言をあまり理解していない。
当然のことだと思い、咲弥は苦笑する。
女店員は、やれやれとため息をついた。
咲弥の手から、一〇〇〇スフィアだけが引き抜かれる。
「あれは確かに五〇〇〇スフィアだろうさ。これでいいよ」
「え、でも……それだと……」
「いいんだよ、まったく……」
女店員は途端に、申し訳なさそうな表情に変化した。
「あんたさ……思ったより、結構いい男じゃないか」
「い、いえ……そんな……」
「そのひたむきなまでのばか正直さ……昔を思い出したよ」
「お母さん……?」
男の子の頭を、女店員はそっと
「悪かったね……もし機会があるなら、ぜひまたウチの店を利用してくれよ。あんたなら、大サービスしてやるからさ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「それじゃあ。気をつけて行きな」
「はい!」
女店員は男の子と一緒に、素材屋の中へと戻っていった。
情報で得たギルドを目指し、咲弥も歩き始める。
さきほどまで抱えていた、苦い気持ちが消えていた。
自分にとって、きっと正しい行動ができたに違いない。
「さて、ギルドの見学にでも行こうかな」
新たな気持ちを胸に宿し、咲弥は前へと進んだ。
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