掌編:その後の人生
片手羽いえな
その後の人生
あなたは、映画館にいます。
スクリーンの真ん中、十二列ある座席のうちの前から五列目の座席に腰掛けています。
他の観客も十数名ほど見受けられますが、皆一様に無口な一人客であり、あなたの座席からは離れた場所に座っています。
まだ映画は上演前で、オレンジ色の灯りがスクリーン内を照らしています。
やがてまばらな拍手に迎えられ、映画を撮ったという人物が登壇しました。
映画を撮ったという人物は簡単な挨拶を済ませると、こう言いました。
「エンドロールが終わっても、席を立たないでください」
あなたはぼんやりと、その言葉を聞いていました。
映画を撮ったという人物が降壇するのと同時に、オレンジ色の灯りが落ち、非常口の灯りが落ち、映画の上演が始まりました。
タイトルは『その後の人生』。
それは、とても平凡な映画でした。
あなたは退屈もせず、興奮もせずに、ただただ映画を見ていました。ポップコーンもドリンクもない肘掛に腕を乗せ、頬杖をついて。
やがて、映画は序盤の盛り上がりを迎えます。主人公は物語の重要人物と思われていた大切な人との、どうにもならないほどの別れを迎えました。
そこであなたは原作の存在を思い出します。
そうです、原作では確か、最初に物語の重要人物だと思われた人物は序盤で使い捨てられました。そして主人公はその先の長い長い物語を歩むのです。
しかし映画は、そこで終わりました。
悲嘆にくれる主人公を写したまま、画面が真っ黒に染まり、エンドロールが流れ出します。
エンディングはとても懐かしい歌でした。
それはあなたが小さな頃に作った歌だったかもしれませんし、子守唄として聞いた歌だったかもしれません。
あなたは段々と、心地よい脱力に覆われていきます。食虫植物の中で沈んでいく虫のように穏やかな気持ちです。
やがてエンドロールが終わりました。あなたは当然、席を立ちません。
非常口の灯りと、オレンジ色の灯りがつきます。あなたは当然、席を立ちません。
誰もいない客席に沈んで、あなたはこのまま映画館が取り壊されるのを待っています。
エンディングを口ずさみながら、あなたは待っています。
あなたは、いつまでも待っています。
掌編:その後の人生 片手羽いえな @jenadoe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます