第6話
携帯電話を手に入れただけの退屈な週末を終え、再び一週間が始まる。
週の始めの、給食のあとの五時間目。一日中焚かれているストーブの暖かさもあってか、教室全体がなんとなく気だるい雰囲気に包まれていた。
この時間は社会の授業で、僕らの住む街の歴史についてだった。歴史といっても、三百年くらい前に山々に閉ざされた未開の地に人々が移り住んできたというだけのことだから、すぐに先生は脱線して、週末に先生の奥さんと出かけた話とかを妙ににやにやしながら語っていた。
「そういえば、嫁さんのお爺さんからから聞いたんだが、この街に魔法使いの伝説ってものがあるらしいぞ。今はほとんど知ってる人もいないようだが。」
唐突にまじめな顔になって、先生が言った。僕は思わずユリカの席を振り返る。もしかしたら、あの夢に現れた黒ずくめの魔法使いのことなのか。当の彼女は、机に顔を伏せていて、聞いているのか否か。
結局、ポシェットを貰えたということは、願いは叶えられたのだろうか。では条件とは、いったい何だったのか。母親の死だろうか。だけど、それは彼女にとってある意味では救いであったはずだから、対等な取引でもない気がする。魔法使いが彼女の家庭環境を知らなかっただけだろうか。
ひとつ気がかりなのは、母親が意識を失った日に縋りつく彼女が呟いた言葉だ。
『私のせいだ。』
魔法使いのことを思うたびに、その声がまるで今発せられたもののように鮮やかに僕の胸に蘇るのだ。
「その魔法使いは、何でも魔法を叶えてくれるらしい」
「なにそれ。俺超欲しいんだけど―」
「お前は悪いことにしか使わないだろうから絶対ダメな」
「えー、マジかよー」
クラスの盛り上げ役であるエビサワと先生のやり取りで、周りのみんなは笑い出す。けれど、僕はまったく笑えなかった。
「ただ、その魔法には条件があるらしいんだ。なんだと思うか?」
ほくそ笑み、先生は問いかける。背筋が震えた。まるっきりユリカの見た夢とおんなじじゃないか。
「それはな…」
種明かしをしようとしたところで、チャイムが盛大に響き渡る。
「おっと、もうこんな時間か。続きはまた今度な」
えー、と、不満の声が一斉に聞こえる。けれど僕は、そっと胸をなでおろしていた。
なぜだか、その続きを知ってはいけないように思えたから。
ユリカはまだ顔を伏せていた。そのことにも、また安心する。
その日は五時間授業だった。空地へ向かおうとすると、ユリカが先生に話しかけられてるのが見えた。気になって立ち止まる。話している中身は聞こえなかったが、時おり彼女が小さく頷いている。
先生がドアを開け放ち、廊下に出ていく。そして彼女も、そのあとについていった。廊下に出た二人の姿は、階段へと消えていった。
僕は呆気にとられながらおそるおそる階段へ向かう。この校舎は二階建てで、僕らの教室は二階にある。すぐに一階に降りて、彼女を探す。左側、昇降口とは反対の方向へ二つの影が進むのが見えた。
たしかそっち側には、生徒相談室みたいな名前の部屋があったはずだ。母親が亡くなって、そのことで色々と話すべきことがあるのだろうか。
いずれにしても、僕は引き返すしかなかった。今日は会えないかもしれない。そう思うと途端に今日は空っぽで、いつもの冷え切った空気が肌を突き刺すようだった。
次の日の朝。目を覚ましてリビングにいくと、両親が深刻な顔をして向き合っていた。母親と目が合うと、母は驚くほど急いた声でまくしたてる。
「たいへん。真人の担任の先生が殺されたの」
何を言われているのか、咄嗟に理解できなかった。父親が見せてくれた学校からの緊急メールで、ようやく事の重大さを知る。
『
昨日午後十一時過ぎに、本校教員で六年担任の眞鍋孝一が何者かに殺害されたの
が発見されました。これを受け、本日は臨時休業といたします。保護者の皆様
におかれましては―――』
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