第41話 飛鳥との関係って

 けれど飛鳥もできるところは自分でやった。できないところだけ教えてもらい、そこは手伝ってやった。恥ずかしさと緊張もあったから、何をやったかやってないか詳しく覚えてはいないけど。


 飛鳥の入浴が終わると再び車椅子へ移乗をして着替えも手伝い、無事にリビングへと戻る。お互いにやれやれ、といった感じになっていたので「飛鳥さん、なんか飲む?」と声をかけた。


「冷蔵庫に麦茶が入っている」


「はいよ」


 冷蔵庫から麦茶を出し、グラスに注ぐ。

「自分ももらっていい?」という質問への返事は、もちろん「ああ」だった。


 麦茶は冷たくてうまかった。結構、汗をかいてしまったから、なおさらだ。

 でもよかった。とりあえず無事に飛鳥をきれいさっぱりにすることはできた。


(あとは、寝るだけかな?)


 だが寝るにはまだ早い、子供じゃないんだから。彼を寝かせるにはもうちょっと遅くなってからの方がいいだろう。

 自分は電車に乗るわけでもないから終電は関係ない。自転車でいつだって帰ることができる。遅くなったってかまわないけど、帰ってきた隼人が「あっれ〜⁉」とか言ってびっくりするかな。


「大翔」


 飛鳥が麦茶を飲みながらと名前を呼んだ。いつの間にか自分を呼んでくれる回数も増えたなぁと思う。それだけ頼りにされているのかも、そう思いたい。


「なに?」


 返事をしたが。飛鳥は口を閉じたまま、グラスの麦茶を眺めている。


「飛鳥さん、どうした? なんかある?」


 再度、促してみる。何か言いづらいことでもあるのか、飛鳥はグラスを見つめるばかりで、まだ何も言わない。

 何かあるんだろうなと思って、しばらくそのまま様子を見ることにした。相手は頑固だから、言いたいことが言えるまでは、ひたすら待機しかなさそうだ。

 それから数分が経過して、ようやく飛鳥が口を開いた。


「……このあと、お前が問題なければ……」


「うん」


「……なければ……」


「うん?」


 珍しく、飛鳥の歯切れが悪い。飛鳥は一度、ゆっくり息を吐くと、驚きの言葉を言った。


「泊まっても、かまわない……なんなら風呂も、入ってもらってもいい……」


「とま……風呂……?」


 大翔の頭の中は一瞬にして真っ白になった。真っ白になって放心状態だったが、なんだかんだで身体は動くものだ。

 先日泊まったホテルの時同様、大翔は浴室に入るなり、まずシャワーで頭から水を浴びた。シャワーの水量全開、全力で冷水ザバーッとだ。そうしないと自分の頭が変になって火がついて、爆発してしまいそうだったからだ。


(頭とオレの心臓、落ち着けーっ!)


 だが結局、飛鳥の世話をするなら自分がここに常にいた方がちょうどいいという結論に達し、飛鳥の家に泊まることにした。まさか仕事の依頼主の家に泊まることになるとは。所長には絶対に言えない秘密事項だ。


 水シャワーをしばらく頭から浴びた後、今度は寒さで朦朧としてきたので、ぬるめのお湯に切り替えた。

 今さっきまで飛鳥がシャワーを浴びていた浴室だ。棚の上にはシャンプーとリンスとボディソープ、浴室では当たり前のセットが並んでいる。きっと隼人と兼用なのだろう。


 今まで二人しか入らなかった空間に自分がひょっこりと入っている。なんだか自分が選ばれた存在になったような優越感を感じる。家とは違うシャワーのやわらかな水圧。広々した浴室、紺色のツルツルした壁、自分のとは違うシャンプーの匂い。全部が違う別世界、新鮮で刺激的で、ダメだよなと思いつつも浸りたくなる世界。


 飛鳥には浴槽であったまってもいいと言われた。足が伸ばせる浴槽は気持ちが良さそうだ。

 しかし、あったまってしまうと頭がのぼせて、とんでもないことをやらかしそうなので浴槽に入るのはやめておいた。


 頭と身体をきれいにし、借りたタオルで身体を拭く。下着は――やはり濡れてもいいように、と仕事バッグに替えを入れておいたから、それがまた役立ったので助かる。

 シャツだけはないので飛鳥のを借りることにした。ワンサイズ大きいシャツは自分が着るとかなり余裕がある。それだけ飛鳥の体格がいいというのが伺える。ズボンは……今日履いていたヤツでいいや。


 この後は、また飛鳥をベッドに移乗しなければならない。あれはさすがに緊張する。飛鳥と自分とベッドという妙な関係図。別に何か事件が起こるわけじゃないんだけど。


(あぁいうのってさ……お互いに気持ちがあったら、絶対怪しい雰囲気になるよな……飛鳥はそういうのは興味なさそうだけど)


 しかし別の部屋で隼人に襲われた経験はある、となると、飛鳥も“なし”ではないのかもしれない。いや、そんな欲だって、あって普通だよ。だって人間だもの。


 そうは思っても。飛鳥とそういう関係になりたいとか、望んでいるとか。そういうわけじゃない……と思う。けどちょっとだけ、想像はしてしまう。飛鳥って恋人とかに、どう接するのかな、とか。


(ん? ……んん? バ、バカッ、オレ!……そうじゃないだろっ! オレは飛鳥を助けたいだけだろ……! それだけ、だよな……?)

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