第42話 飛鳥のお誘い⁉

 リビングに戻ると、飛鳥は時折スマホをいじりながらテレビを見ていた。お笑いとかバラエティーを飛鳥は見ないという。見るのは真面目にニュースとかドキュメンタリーで自分とは正反対だ。


「飛鳥さんっておもしろいものってあんまり見ないの?」


「嫌いなわけじゃないが、なんとなく見ない。自分に似合わないと思っているしな」


 飛鳥の向かいのダイニングチェアに座りながら「まーた、そんなこと言って」と返した。別に誰が何が好きで何が興味があるとか、自分自身が良いと思えれば、それでいいんじゃないかと思う。


「じゃ、嫌いじゃねぇってことは見てもいいってことだよな? ……じゃあ今度さ、オレとお笑いの劇場とか見に行ってみない? オレ、結構好きなんだよね〜」


 つまらなそうにテレビを見ていた飛鳥だったが、スッと大翔の方を向いた。そんなとこには行くわけがない、と断られるかと思いきや。

  飛鳥は「そうだな」と言って小さく笑ってくれた。


「……全く。お前は俺をいろんなところに引っ張り出そうとしてくれるな」


「な、なんだよ。迷惑なのか?」


 その思わぬ笑顔に、ちょっと腰が引けてしまい、口から言葉が出しづらくなった。

 笑ってる、飛鳥が。自然と。さっきまで物事が進まなくて難しい顔をしていたくせに。


「いや、迷惑じゃない。むしろありがたいな。俺も出かけてみようかとは思っていても、やはり自分だけでは何もできないからな。いざとなると躊躇することが多いんだ」


「そっかぁ。でもさ、もったいねぇよな、それじゃ」


 確かに家の中は安全だ。けどそれでは得るものも少ないのだ。

 もっと外に出なきゃ。


「飛鳥さん、じゃあ今度さ。オレと仕事以外でも出かけてみようぜ。別に金のかかるもんとかじゃなくていいんだよ、飛鳥さんがなかなか行けねぇ店とか、場所とか。そういうの教えてくれればオレが一緒に行ってやるから。その方がオレだって楽しいしさ。飛鳥さんと色んなところ、行ってみたいし」


 そこまでを言葉にしたところで自分でハッとした。すごく変なこと言ったかもしれない。思わず背中がゾクッとしてしまった。

 飛鳥は「そうか」とよく聞く返事をしただけで、またテレビを見ていた。せっかくだから今の言葉を聞いて、どういう心境だか教えてほしい。じゃなきゃ自分が恥ずかしいだけだ。


(でもオレ達ってどういう関係なんだろう)


 友達、ではない。依頼主と依頼された側、普段はそれだ。

 でも今は依頼されているわけじゃない。オレが望んでいるからと望まれた側? そして飛鳥が望んでくれているのとオレが望まれた側?

 よくわからない。自分と飛鳥は、なんの位置にいるんだろう。


 しばらく当たり障りのない会話をし、時刻が夜十一時を迎えた頃、飛鳥が「そろそろ寝る」と言った。じゃあ、と大翔も動き出す。


「飛鳥さん、オレはそこのソファーで寝ても大丈夫か?」


 飛鳥に聞くと「そのことだが……」と、何やら含みのある返事があった。ソファーだと都合が悪いのだろうか、隼人に寝込みを襲われるか? そう思っていると。


「先に俺をベッドに連れていってくれるか」


 そう言われたので、とりあえずその件は後回しになった。

 飛鳥の部屋は廊下を出て隼人の部屋の反対側にあり、レイアウトもどんな感じになっているかは何度も掃除に入っているからわかっている。飛鳥の部屋は車椅子が余裕で通れるほど広々して整然としている。


 クローゼットにはハンガーで衣服がかけられ、本棚には仕事関係の書類やミステリーや推理ものの小説が並び、その他にも数は少ないが旅行誌が並んでいる。 

 そのことから飛鳥は実は旅行好きなのではと思っている、行きたいけど簡単には行けないから、本を読んで自分を納得させているのかも。


 飛鳥のベッドは部屋の半分以上の広さを誇るクイーンサイズというすごいヤツで、めちゃめちゃでかい。同じ方向に三回寝返りを打っても大丈夫そうだ。

 前に『飛鳥のベッドってなんでこんなにデカいんだ?』と聞いたことがある。

 すると飛鳥から『俺は寝返りを打って落ちたら終わりだからだ』という返事があった。

 それは納得だな、とその時は思ったものだ。だから反対側は壁際にぴっちりとつけられ、落ちないように予防がなされているというわけだ。


 飛鳥はベッドにあるライトを点けて寝るらしく、ライトを点けるように頼まれた。すぐに布団に入れるよう掛け布団をめくって車椅子をベッドに横付けする。

 そしていつもの要領で飛鳥の身体を抱え、飛鳥も自分自身で頑張ろうと首につかまる。何度やってもドキドキする。飛鳥の香りが濃くて、体温が気持ちいいくらいに心地よくて。自分の背中に触れる飛鳥の手が、大きくて安心できる。


「飛鳥さん、行くぞ」


 そう言って数秒後には。飛鳥はベッドの端に座っていた。我ながらすっかり慣れたなぁと自画自賛したくなってしまう。


「じゃ、横にすんよ」


 声をかけ、ホテルのベッドでもやったように、飛鳥の肩と膝の下に手を入れて。お尻を支点に身体を回し、飛鳥を横にさせる。

 あとは無事な左手を使って、飛鳥はベッドのちょうどいい位置に自分で行くことができる。


 ベットの真ん中へきたところで、飛鳥に布団をかけようと布団をつかんでスタンバイしていた時だった。


「大翔、頼みがある」


 飛鳥が重みのある口調で言った。


「何、どうした?」


 たずねると、飛鳥は――今度は考える間もなく、スムーズに頼みを口にした。

 俺の隣で寝ていてくれないか、と。

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