第43話 隣にいる

 その一言はどういう意味なのか。詳しく聞いてみたいが今は言葉が出てこない。

 横になった状態の飛鳥が少し流し目みたいな状態でこっちを見ている。こんな飛鳥は初めてだ、しっかりとした願いみたいな形で、それを口にするなんて。


 心臓の動きが一気に加速した。息が苦しくなり、身体も熱くなっていく。背中がゾワゾワとする。何かを言いたいのに言葉が出ない、口にして「やっぱりいい、帰れ」と言われたら立ち直れない気がする。

 でも飛鳥の言葉に返答はしなきゃ。

 素直に「いいぞ」って、言わなきゃだ、早く――。


 自分が戸惑っている様子を察したのか、飛鳥は申し訳なさそうに天井に視線を移す。飛鳥も次に何を言おうか考えているようだった。


(は、早く返事すればいいんだよ、オレっ……ドキドキして、くそっ、口が動かないっ……)


 あの仏頂面で頑固で有名な飛鳥を困らせているなんて。見ているこちらの方が罪に感じてくる。

 難しく考えなくていい、今思ってることを。自分の正直な気持ちを、そのまま口にしてしまえばいいんだ。

 だって、だって。自分は飛鳥が、嫌じゃないんだから。

 自分を叱咤し、大翔はゆっくり深く息を吸った。


「あ、飛鳥さん、あのさ、別にオレはいいんだけど。本当にいいのか? オレが横にいて……」


 一緒のベッドで寝るなんて。よほど親密でなきゃ、もしくは相手を好いてでもいなきゃ、やらないと思う。

 ということは、だ。飛鳥は自分に対して少なからず好意を持ってくれている、ということになるのか? その他に意味があるとしたら何かあるか?

 寒いから一緒に寝たい、とか? いや今は春も過ぎて夏前だ、寒くなんてないし。

 寂しいから一緒に寝よう、とか? いや飛鳥がそんなこと思うわけないし。

 だったら他にどんな意味があるのか。それを聞いてみたいが結果を聞くのは怖い。

 だから冗談めいた感じで返事をするしか、今の自分にはできない。


「オレ、寝相よくないぞ。ケガしたとこ蹴っ飛ばしたりしたら、ギャアってなるんじゃね?」


 飛鳥の動かせる左手は壁際にある。ということは自分が寝る側には飛鳥の右腕――ケガをしている方がくる。もし寝返りを打って蹴り飛ばしたら……そう思っていると、飛鳥は天井を見つめたまま、フッと笑った。


「大丈夫だろ、多分な」


「それ、全然根拠ねぇだろ?」


「俺としては、お前という壁があって守ってくれている、そう思えば安心だ。何かの気配があれば無意識に右側に寝返り打つとか、そういうことをしない気がする」


 飛鳥の発言に「なるほど」と納得してしまった。一理あるような、そうでもないような。

 でもそうかもしれない。右側が今の飛鳥にとっての弱点であるなら壁みたいなものがあった方が当人としては安心かもしれない。その壁として選ばれたのは自分だと思うと、それは嬉しいものだ。一緒に寝るわけじゃない、自分は壁の役目だ。


「……仕方ねぇな、じゃあリビングの電気消してくる」


 飛鳥の乗っていた車椅子を片付け、リビングや他の部屋の明かりを消してから、もう一度飛鳥の元へ戻る。


(飛鳥と一緒に今から寝る……どんな状況だよ、これ。いいのか、ホントにさ……いや、もういくしかないよな。そうだ、明日も仕事なんだから、ちゃんとアラームセットしとかないとな)


 二度寝防止のため、スマホを少し離れた棚の上に置き、ゆっくりベッドへと歩み寄る。大人二人は余裕で寝ることのできる広いベッドの上に乗ると、スプリングがかすかに音を鳴らした。いつも自分がシーツ交換をしているスベスベのシーツは触り心地が良くて、踏み込もうとする人の身体を、なんの摩擦もなくベッドの中へと招き入れてくれる。


 飛鳥の寝方を今一度確認し、右肩にぶつからないように気をつけながら。大翔は静かに身体を横たえる。ベッドの硬さ、布団の柔らかさ、どれを取っても最高の寝心地だ。


(ね、眠れんのかな、これ)


 不安、ではないが。隣に慣れない誰かが寝ているのが奇妙でならない。いつもだったら寝相の悪い弟達とか、大して気にしない存在なのに。

 今、隣にいるのは年上の男で、仕事に関係する人で、性格は悪いけど今は悪くなくて。自分に緊張感を与える人物だ。


「飛鳥さん、オレのいびき、うるさいかもよ?」


 緊張をごまかそうとそんなことをつぶやくと、隣からはまた笑う声が聞こえる。


「気にしなくていい。お前が寝れるように好きにすればいい……妙なことを頼んですまないな」


「別に謝ることじゃねぇよ、嫌じゃねぇから」


 そう言うと飛鳥は「そうか」と安心したような声で言った。

 大翔も目を閉じ、寝心地の良いベッドに仰向けで身を委ねる。環境としてはすごく寝やすい感じがする。ベッドは気持ちが良いし、部屋全体がウッディの良い香りがするし。ほんの少し目を開けると、暖色のベッドライトが安心感を与えてくれる。


 けれどやっぱり気になるのは隣にいる存在。手を伸ばせば触れることができる距離に彼はいる。でもこのまま手を伸ばしたら飛鳥の右肩に当たってしまうから、それはできないのだけど。


「……あ、飛鳥さん、明日の朝はとりあえず事務所に行ってから午前の仕事をしにまた来るから。そっからは、そのままここにいればいいよな。その後で、また今日みたいに夜も来てもいいか?」


 そうすると一日のほとんどを飛鳥の家で過ごすことになる、仕事も含め。変なスケジュールだけど、まぁいいかと思う。


「そうしてくれると助かる、お前が嫌じゃなければ」


「だから嫌じゃねぇよ……オレがそうしたいんだ。オレはアンタの世話が好きなんだ。だからできることなら、なんでもしたい、なんでもさ――」

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