第35話 イラ立つ所長からの依頼

 そうほめてくれた後、所長は再び視線を下げて、ちょっとうなだれた感じになる。 珍しい仕草に「大丈夫ですか」と声をかけたくなった。


「すごいよ、大翔くんは……あの飛鳥の信頼を得たんだから。それに比べて僕は自分の気持ちに振り回されて大人のくせにコントロールもできなくて……自分がなさけないよ」


 最近、所長はよく愚痴る。ふてくされる。ヤキモチを焼く……飛鳥と関わるようになってからだ。


「……オレ、バカだからよくわかんないですけど、所長、最近ちょっと変ですよ……?」


 大翔は正直に思ったことを口にした。いつも穏やかな所長が落ち着かず、己の気持ちの浮き沈みに混乱している様子を何度か見ているが、その原因はなんなのか。自分に関わりがあるのかもしれないが自分にはわからないから。

 所長は困った表情で笑うと「そうだよね、ごめん。自分でもわかっているんだよ」と言って息をついた。


「……そうなんだよね。 僕は飛鳥のために君を派遣したんだ。僕が決めたことなんだから、ちゃんと仕事はしないとだよね――」


 所長が観念したかのようにため息をもらした時、所長のポケットに入っていたスマホが着信を鳴らした。なんだか所長のスマホはいつもタイミングがいいんだか悪いんだかという時に着信が入る気がする。

 所長は「ごめんね」と言ってスマホを取り出し、画面を確認した。そしてそこに表示されているだろう名前を見て、さらに困ったように首をかしげた。


「大翔くん、ちょっと電話するね」


 そう言うとスマホを操作して電話に出た。


「はい、高澤です」


 このタイミングで電話に出るということは大事な電話だ。誰だろうか、また仕事の話かな。

 そんなことを考えながら大翔は様子を見守る。


「はい……事情はわかっています。ケガをしてしまったとか。こちらにできることがあればお手伝いはさせていただきます」


 所長の話の内容に、大翔は(もしかして)と感じるものがあった。ケガをした相手なんて、あの人しかいない。


「はい、今日の午後からですか? はい……確かスケジュールは空いてますが、他のスタッフは望まないのですね? ……はい、わかりました。かなりハイペースですが大丈夫ですか? そう、金額もありますけど」


 所長がチラッとこちらに視線を向ける。所長の対応は穏やかではあるが、見れば所長の目は笑ってはいない。


「……僕が心配しているのは……彼があなたに、のめり込み過ぎないかが心配なんですよ。彼はまだ若い。何が正しいことかも、たまに見誤ってしまいます。悪い大人にだまされることも心配でしてね」


(所長、なんの話を……?)


 相手は飛鳥なのか。それにしては会話に刺々しいものを感じる。


「……わかりました。ただし、条件があります。決して、彼に変なことを吹き込まないでくださいね。スタッフを守るのは僕の務めでもあります……はい、そうですね、だって大事な人、ですから。では――」


 電話が終わり、所長は難しい表情で息をつくと、スマホをジャケットに入れた。

 そして大翔に視線を向けると“無理矢理”笑みを浮かべるように口角を上げた。


「大翔くん、飛鳥から電話がありました」


 その言葉に大翔は目を見開いた。


「君にお願いしたいそうです、受けてくれますか? ちょっと、大変かもしれないけど」


 条件も聞かないまま、大翔は「やります」と答えていた。あまりの速さに所長はフフッと笑ったが、すぐにため息をついていた。


「……あ〜もう、ホント、なさけない……」


「所長?」


 所長は自らの髪を手でかきながら「ごめんね」とまた謝った。別に所長に謝られることなんか何もないのに。


「なんか、僕の方が、私情はさんでるな……ダメだダメだ、こんなことじゃ……大翔くん、飛鳥からの依頼なんだけどね――」


 所長は“無理矢理”いつものような穏やかさを取り繕うと飛鳥からの依頼内容を伝えてきた。






 すっかり通い慣れたマンションの一室に「お邪魔しまーす」と言って入ると、部屋の住人の一人が大翔に向かって元気良く飛びついてきた。


「大翔さぁ〜ん! 久しぶりだねーなんだか。昼間に学校があるとなかなか会えないもんねっ! 会いたかったよ〜」


 金髪をなびかせた隼人は首にしがみついてきた。まるで大きくて懐いた犬みたいだ。ふわっと香るシャンプーだか香水の匂い。

 そしてなぜか背中を優しくなでてくる長い指の感触……いろんな意味でゾワゾワとしてしまい、大翔は隼人の両肩を押して動きを制止した。


「わかった、わかったからっ! 隼人、ちょっと離れてくれ」


「なんでよ〜? 俺は大翔さんのことが大好きなんだから、くっつきたいのは当たり前でしょ」


「それは嬉しいけど! 隼人、オレは仕事で来てるんだって。隼人だってこの後は学校行かないとだろ」


 そう言うと隼人は「えぇ〜」と言いながら、不愉快よろしく口をへの字にした。


「今日は午後から行く予定だったからいいんだよ〜。あ、でも午前中に生活指導の先生に呼び出しをくらってたんだよなぁ……行かないとまずいかなぁ、呼び出し」


「そうだな、生活指導のヤツに呼ばれてんのは行っとかないと、後々余計に面倒くせぇことになるかな、オレの経験上」


「そっかぁ、ならめんどくさいけど仕方ないか。ごめんね、大翔さん、部屋上がってね。兄貴〜! 大翔さんが来てくれたよ〜」

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