第34話 呼び出し

 休み明け、事務所に出勤した大翔はいつもやる朝礼や申し送りが終わった後で高澤所長に呼ばれ、デスクのある事務所とは違う部屋に向かった。

 その部屋はテーブルと向かい合った椅子が置かれたシンプルな部屋で、主に面接や面談をする時などに使う。

 所長に促され、大翔は奥の椅子に、所長は手前の椅子に。座って一息ついた途端に「先週はお疲れ様でした」と所長は切り出した。


「出張が終わったと思ったら色々大変だったね。疲れが取れなかったんじゃないかな?」


 所長はいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、まずは労いの言葉を述べる。朝から何かを言われるのは覚悟していた。所長は怒ることはないんだけど、今回のことは完全に私情をはさんでしまったから。


「あ、はい……大丈夫ですよ、オレは。自分こそ、色々すみませんでした」


 結局、救急車に同乗したあの後は病院で飛鳥の容態を見守った後、連絡の折り返しがあった隼人に事の次第を伝えて病院に来てもらい、自分は病院を後にした。


 飛鳥は高澤所長の友人でもあるし『猫の手』のお得意様でもある。今回のことを知らせておいた方がいいかなと思って所長にも連絡を入れておいた。

 所長は驚きの声を上げながらも「大変だったね」と、やはりまずは労いの言葉をかけてくれた。そして「とりあえずまた月曜日にね」と電話を切り、訪れた今日だ。

 所長はコホンと一つ、咳払いをした。


「とりあえず飛鳥を助けてくれてありがとう。君がいなかったら飛鳥はもっと大変だったろうね。そこは友人としては、とても感謝している。君がいてくれてよかったと思っている……でもね、大翔くん」


 所長は言いづらそうに唇を一度噛みしめた。


「……休みの日に、なぜ飛鳥の家に行ったのかなぁと思って……遊びに行った、のかな?」


 所長のよくある仕草――膝の上で両手の指を組み合わせるのがある。自分にとっては大人を感じさせる仕草だ。

 所長はそれをしながらこちらをジッと見ている。心配そうな何かを不安がっているような、そんな含みのある視線だ。

 なぜ飛鳥の家に行ったのか。そう言われても返答には困る。遊びに行ったわけでもない、勝手に自分が飛鳥の家に行っただけだ、なんとなくの気分で。


「……色々、出張先でも世話になったんで、ちょっとだけ礼にと思って、飲み物でも持ってこうかなーと思っただけっすよ」


「そっか……大翔くんは飛鳥のことをとても気にかけてくれているんだね。それはとてもいいことだと思うんだけどね……」


 所長が膝の上で組み合わせた指同士がバツが悪そうに動き始める。


「……大翔くん、僕はね……」


 珍しく所長の歯切れが悪くなる。大翔は落ち着かない所長の様子を黙って見つめる。

 今回ばかりは本当に怒っているのかもしれない。所長は仕事には厳しい面もある、それを自分は踏みにじってしまったのだ。いつも笑顔でどんなミスも許してくれたけど……。

 所長は視線を下に落とすと、肩の揺れがわかるほど大きくゆっくりと息を吐いた。


「ふぅ……僕は――いや所長としては、君に伝えたいことは利用者と親しくなるのはいいけど、利用者とサービスを実施する側という関係を忘れてはいけないよ、ということ。深入りしすぎてもよくないし、かといって信頼を得られないぐらい身構えていてもよくない、ということなんだけど……そこは今後も気をつけてね、僕達はあくまでサービスを行う側だなんだからね」


 所長はそこで言葉を区切ると「もう一つ伝えたいのはね」と言ったのだが。そこから数秒間、何も言わず、視線を伏せたまま固まっていた。


(……なんだろ、オレ、他にもなんかしちゃったかな)


 不安になって所長を見つめていると所長は苦笑した。


「ごめん、大翔くん。そう、だな……なんていうかな……僕はね、飛鳥に助けられたことをきっかけに、あの人みたいな不自由な身体の人を助けられたらと。一人では自分らしく生活ができない人を助けてあげたいと思って、この会社を設立したんだ」


 急に所長は身の上を語り出した。


「飛鳥のことはね、学校を卒業してからもずっと気にかけていた。あの人が何かしらのサービスがないと生活が大変だということも聞いていたからね。でも僕が会社を設立しても、飛鳥は僕の会社には仕事を依頼してこなかった。知り合いだから気が乗らなかったんだと思う。それで他の会社を利用していたけど、どこも飛鳥には合わなかった。そして最後の最後で、僕の会社に頼んできたんだ」


「はい……」


 それは飛鳥にも聞いている。他の会社はひどいもんだったと、よく愚痴っていた。


「けれど僕の会社だって、悪く言ってしまうと人材は他の会社と同じだ。きっとそういうスタッフを配置しても飛鳥にとっては何も変わらないんだよ」


 所長は大翔を見つめ、目を細め「君以外はね」と言った。


(……オレ以外……?)


「変な言い方かもしれないけど君はちょっと普通とは違うからね……あ、変な意味じゃないよ? なんて言うか、型にはまっていないんだ。自由奔放だけど、いい意味では『何にも染まらない自分らしさ』を持っている。僕はそこがあの人にはあっているんじゃないかなって思った。だから飛鳥からの依頼がきて、君にお願いしたんだ。君ならできると思っていたから。そして本当にできてしまったんだ、すごいと思うよ、本当に」

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