アンタと日夜過ごす日々、そして終わりに……

第31話 帰ってきてまた一難?

 遊園地への外出も終わり、翌日はまた飛鳥の会社巡りに付き合った。それも終わった翌日には地元に戻り、飛鳥をマンションまで送って今回の出張は無事に終了した。


「おっつかれさまで〜す、桜井戻りましたぁ」


 大翔は事務所に戻り、先輩方に出張先で購入してきたお土産を手渡す。

 少しするとまたヘルプに出ていた高澤所長が「あれ、大翔くんおかえり〜」と言いながら戻ってきて、お土産を一つ取って席に着いた。


「出張、お疲れ様。どうだった、うまくできた?」


 所長はお土産のおせんべいの包みを開け、淹れたお茶をすすり出す。ビシッとしたスーツでおせんべいをバリバリ食べる姿のギャップが、ちょっと笑える。


「色々、疲れました。まずスーツが嫌でっす」


 大翔はたくさんの“びじねすまなー”を見てきたことを所長に話した。堅苦しかったこと、ホテルでは飛鳥の世話をしたこと。

 遊園地のことは……言わなくていいかと思って、なんとなく口にしなかった。


「なるほど~じゃあ大翔くん、大活躍だったじゃない。飛鳥もすごく助かったと思うよ、君がいてくれて」


 他のスタッフは仕事に出かけて行ったので、事務所にはまた所長と自分の二人だけになっていた。


「でも所長にやることを教わっておいたから助かりましたよ。人間抱えるのって結構大変なんすね」


「飛鳥はね〜体格が良いから。大翔くんもそこまで大柄なわけじゃないから重かったでしょ。僕なら軽いよ〜」


 そう言って所長は試しに? なのかわからないがハグを求めるように両手を伸ばしてきた。

 普通なら「何言ってんすか〜」と冗談でかわすところだが。ふと(そうなのかな?)と思って、大翔は席から離れ、所長に近づいた。


「え、わっ――」


 驚く所長をよそに、大翔は所長に抱きつき、持ち上げようと試みる。

 だが飛鳥よりも細身なはずなのに所長は持ち上がらなかった。


「あれ〜所長、全然持ち上がらないっすよ?」


 よいしょ、と何度か試すが所長の身体はイスから離れない。

 所長は「あ、あのね」と言いながら大翔の両腕を手で押さえた。


「……それはだね……僕が移動する意思がないからだよ。つまり大翔くんの動きに同調してないから。だから重いの。結構難しいんだよ? ……もう一回、やってみてくれる?」


 所長は自らの手を動かし、今度は大翔の首につかまるような態勢になる。それは飛鳥にも移動する際にやってもらった動作だと思い出した。

 もう一度所長を持ち上げようとすると今度は簡単に身体が持ち上がった。


「あ、できた」


「そうそう、うまいね大翔くん。こういうのって介護的な技術になるんだけどね、動かすには相手と息を合わせることが大事なんだよ。こんなにうまいってことは飛鳥とやる時も息ピッタリで、うまくできたんだね」


「ん? あ、はい、まぁ」


 息ピッタリと言われるとちょっと恥ずかしい。そこまで気が合うわけじゃない。

 所長は「そっか」と小さく言うと不意に立ち上がり、今度は大翔の身体を包むように抱きしめてきた。


「わっ、所長っ。なんすかっ」


 所長の手が背中に触れ、所長の顔が肩に当たる。そして所長が耳元で「ふぅ……」と疲れたように息をついている。

 所長は何も言わず、そこから動くこともなく、しばらくそのままでいた。自分は動いていいものか悪いのか、わからなくて。とりあえずされるがままで様子を見ている。


(な、なんだよ、所長……疲れた、のかな)


 慣れない態勢に、だんだんと自分の体温が上昇してくる。鼻をくすぐるのは所長の良い匂いで、抱きしめられているとすごく気持ちがホワホワしてくる。このままでもいいな、なんて思えてしまうが……。


「所長……高澤所長? 他の人、か、帰ってきちゃう、よ?」


 なんとか声を振り絞ると、所長の腕にギュッと力が入った。


「……誰も帰って来なかったら、ずっとこうしててもいいの……?」


 甘えてお願いするような声に(えっ)としか思えず、なんと返していいやら。


「大翔くんとこうしてるの、すごく安心する。きっと飛鳥もそんな気持ちだったんじゃないかな。ちょっとうらやましい」


「ちょ、所長、何言ってんの……」


「僕も大翔くんにこうしてもらいたいな……ダメ?」


 耳元で、所長はわざと声を発する。ダメとたずねてくる、かすかな声がゾクッとして。思わず唇を噛んでいた。


(う……所長、なんで、そんなこと――)


「大翔くん」


 所長は耳元で続けてくる。


「僕は君のこと、とてもお気に入りなんだよ……そんな人がさ、いくら僕の友人とはいえ、その人と親しくなって泊まりの外出とかしていたら……そりゃあ、妬きたくなるでしょ……」


 大翔は唇を噛んだまま、目を見開く。所長の言葉が衝撃的すぎて、頭の中は一気に空白だ、心臓も爆発だ。このまま耳に所長の口が触れたりしたら命が最後になるかもしれない……それぐらいに刺激も衝撃もありすぎだ。


(ウソ、だろ。そんなの……所長……)


 高澤所長は冗談も好きだ。笑顔でびっくりするようなことを言うことがある。

 だから今の言葉も冗談なはず。頭の中で(そうだよな?)と問いかけた時、所長は「そうだね」と言った。


 その時、事務所のドアが「お疲れ様です!」と言う挨拶と共に開かれたので、所長は身体を離し、大翔の服を“直しているふう”を装って、いつもの優しい笑みを浮かべていた。


 自分は顔が熱くて何も言えない。目の前で所長はニコニコしているが。今言った『そうだね』の真意がわかりかねて困ったものだ。


「……はいっ、大翔くん、服、綺麗になったよ〜。そしたら今日は報告書だけ提出して上がって大丈夫だよ。明日からちょうど週末だからゆっくり休んで出張の疲れを癒やしてください……ねっ?」


 所長の指示に返事ができないまま、大翔は小さくうなずくしかできなかった。

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