第32話 自分が望むこと

 一週間も離れていたわけではないが自分の部屋が久しぶりのような気がした。

 今は両親も小さな下の子達も出かけていて家には自分しかいない。

 静かな空間だ。かぎ慣れた洗剤の香り。いつも自分が使う布団の、干していなかったから、ちょっぴり湿った匂い。 それらを感じながらベッドに横たわり、大翔は深く息を吐いた。


「……なんか疲れたな」


 三日間、長かったような短かったような。でも楽しかったような。別に遊びに行ったわけじゃない、仕事で行ったんだけど。

 それでも遊園地で遊んで、新鮮な思いもできた。色々嫌な思いもあったが充実した三日間だった。飛鳥もバッチリ仕事ができて満足できたようだから、良かったと思う。


(途中、ケンカみたいにはなっちまったけどな……)


 でも将来のことに不安を抱く飛鳥のことを深く知れたいい機会だったと思う。もっと飛鳥のためになるには、どうしたらいいのか、それを考えさせられたから。


 そしてマンションに送り届け、全てが終わって帰る時の「助かった」 と言った彼の言葉がとても印象に残っている。最初は何も言わなかった飛鳥が、いつの間にか自然と礼を言うようになった。しかも名前も呼んで、色々なことを話してくれるようになって。

 それだけでも自分達の関係は確実に変わっている。良い方向にだと思う。


(オレの……飛鳥に対する想いも変わってきている)


 そのことを考えて、ずっと頭の中はモヤモヤとしている。

 飛鳥は自分を必要としてくれている。

 自分も飛鳥の世話をしたいと思っている。

 それはお互いに条件としては理にかなっているはずなのに。なぜか自分にとっては腑に落ちない点がある。仕事としては成立できるのに。自分が心から望む何かとは、違うこの状況。それに満足がいかない。

 それがなぜなのか、わからなくて。気持ちが上がったり下がったりを繰り返している。頭の中ではずっと、あの男がいて、不愉快なくらいの仏頂面をしている。


「飛鳥……」


 なんなんだろうな、一体。アンタの存在って、ナゾだよな。

 さらには出張から帰ってきてからの所長の謎の言葉も。自分のことがお気に入りってなんだよ。妬いちゃうって? そうだねって、なんの意味なんだよ。


「……わかんねぇ、何がなんだか……」


 わかんねぇ……もう一度そうつぶやいて目を閉じていたら、いつのまにか眠っていた。


 夢を見た気がする。それとも自分の中にある記憶がまたよみがえったのか。

 遊園地で、車椅子の飛鳥を押して。アトラクションに乗って楽しんでいた。

 また来たいな、また行こうな、と。二人で行って、はしゃいでいた。 当たり前にお互いにそう言える、幸せそうな関係。

 それがとても、うらやましく思えた。

 自分が本当に、望んでいる関係。

 きっと、この光景こそが、きっと――。






 翌日もまだ仕事は休みだ。家にいても弟達がうるさいので大翔は外に出ていた。

 自転車で近所の河原をサイクリングしたり、何も考えずに一本道の道路を走ってみたり。ちょろっとコンビニに自転車を停めて飲み物を買って。ぼーっと通りを眺めてみたり。

 でもなんか物足んねぇなぁと思いながら。


 いつもだったら自分のやりたいことをやって。楽しく過ごしているはずの休暇なのに。物足りない……自分の心がそうグズっている。自分は今何がしたいのか、それを考えてみる。


 ふと思い浮かんだのは。飛鳥は自分が仕事していない日は、どういう一日を過ごしているんだろうという変な興味だった。

 一日ずっとあのセレブなマンションにいるのだろうか。隼人がいるだろうけど、二人で遊んだりとかはないだろう。お互いに趣味も違いそうだし、隼人は友達と遊びに行っているかもしれないし。

 そうなると飛鳥はやはり家に一人でいるのか。それとも家で仕事をしているのか。


(……コーヒーぐらい、届けても怒られたりしないかな)


 不意にそんなことを思い立つ。些細なことでもいいから、ほんのちょっとでも飛鳥が喜んでくれないかなぁと思って。


(……行ってみるかっ)

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