第29話 楽に生きるは難しい
「飛鳥さん……顔がヤバい」
飛鳥は恨みのこもった目でこちらを見て「本当に大丈夫なのか」と、ボソッとつぶやく。見た目は無表情でつっけんどんなクセに、やはり怖いらしい。
「大丈夫だって」
大翔はそう言って、セーフティバーの下から飛鳥の手を握った。少し恥ずかしいけど、これなら飛鳥が安心するかもと思った。
飛鳥はギュッと力を入れて手を握り返してきた。なんとなくその仕草が助けを求めてくる子供みたいでかわいいところあるじゃん、なんて思ってしまう。
互いにずっと手をつかみ、やがてアトラクション開始のメロディーが鳴る。座席がちょっとずつ動き始め、上昇する。最初は左右に優しく揺さぶられるように、さらに横に、徐々に斜めに。
そして、だんだんと勢いがついていたかと思えば、思いっきりスピードに乗り出して。ブォーンという音とともに、 真上にきた。真上にきたということは……うちらは今、逆さまの状態だ。セーフティバーで身体が支えられているから大丈夫だが、下へ引っ張られるような重力を感じる。前髪がだらんと顔とは反対の方へ垂れている。
そこからは……もう落ちるしかない。ギャーッと周囲から悲鳴が上がり、大翔も負けじと叫んだ。
一方の飛鳥は悲鳴をあげたいのだろうが必死でこらえている、その顔が怖い、できたら動画に残したいくらいだ。
絶叫系といえば感じるのがあの無重力感だ。落ちた瞬間のブワッっとした感がたまらない。上から下へ落ちるたびに無重力状態に腹がゾクゾクして、ギャーッてなる。だけどそれが楽しい、たまらない、やっぱり最高。
(あ、でも飛鳥さん、大丈夫かな。あとで、なぐさめとこう)
とりあえず今はこの何度も味わえるも無重力とストレスフリー状態に身を委ね、叫び続けるんだ。遊園地でしか味わえない、この感覚を。
それを何度か繰り返しているうち、気づけばアトラクションは終わり、無事に地上に戻ることができた。
ふと飛鳥を見ると、彼は魂がどっかに飛んでいってしまったように放心状態になっていた。
(マジかよっ)
その様子にちょっとだけ同情したくなる、ごめんね、誘ったのは自分だけど。でもまだまだ行くつもりだ、がんばれ飛鳥。
その後も、いくつか色々なアトラクションに乗った。激しいものから優しいもの――激しいものはやっぱり絶叫系で、優しいものはちょっとレベルダウンして腹の底からのゾクゾク感は感じないけれど。遠心力でくるくる回ったり、ブランコみたいなのに乗って空にほっぽり出されそうな感覚を味わったり。
とにかくスピードが出て、機械によって人間がいとも簡単に好き勝手に振り回される、そんなアトラクションに乗りまくった。
その度に飛鳥は憂鬱そうな顔をしていたが、大翔の手を握っては心を“無”という顔をして耐えていた。
『こ、今度はこれか……』
『う……また乗るのか』
『なぜお前は平気なんだ……』
毎回おもしろいぐらいに文句は出ていたけど、嫌だと怒り出すようなことはなく。飛鳥は自分に付き合ってくれた。
(なんだかんだで楽しんでんのかなコイツ……)と、ふと思い。アトラクションに乗車中、飛鳥の顔を横目で見てみた。
すると彼は驚きの表情をしていたのだ。
いつもの仏頂面でも、怒った顔でも、不機嫌な顔でもなく。怖いのを我慢して、手を力強く握りながらも。耐えるように目を閉じた後の、ゾクゾク感とかスリルを味わっている時の、笑っている顔。満面の笑み、とは言えないけど。
そう、飛鳥は笑っていた。
その表情を初めて見た時、アトラクションに揺さぶられている最中でも、自分の中の時間というものが一瞬止まった。
(笑えんじゃんコイツ……笑ってるほうが全然いいじゃん)
その笑顔は大翔の脳裏に焼きついた。ここまで彼が表情を見せてくれるなんて。
やっぱり来てよかった。
「飛鳥さん、さっきも笑ってたな?」
アトラクションをいくつか乗り終えて。
大翔はベンチに、飛鳥は車椅子のまま。水分補給がてら休憩している時、その事実を口にすると彼はもちろん「そんなことはない」と否定した。その時の表情はいつもの仏頂面だ。
「まったく……ちょっとはさ、飛鳥さんも素直になれよ。少しは楽しかったんだろ?」
突き詰めてみたが飛鳥は何も言わなかった。缶コーヒーを口に含み、肩をすくめている。
「……まあ乗ったことがないのは事実だ。乗ることになるとも思いもしなかったしな」
「オレのおかげだろ?」
「恩着せがましいな。ありがた迷惑と言えなくもない」
そう言いながら飛鳥は鼻で笑った。口では文句を言いながらも、飛鳥が本当に迷惑と思っていないことは、もう数ヶ月も一緒にいる自分にはわかる。飛鳥は素直じゃない。言っていることと思っていることが違うのだ。
「本当に素直じゃないよな〜。もっと自分らしくさ、いればいいのに」
「お前みたいに馬鹿正直に、素直に生きていられたら、とても楽なんだろうな」
その皮肉に、大翔は大きくうなずく。飛鳥にもそうなってほしい、そんな思いも込めて。
「そうだよ、楽だよ。オレは自分が楽をしたいから楽に生きてる。それって当然だろ? 苦しいのとか、つらいのを一人で耐え忍ぶことないじゃん。人間てそんなもんじゃないのか?」
飛鳥は「そうだな」と言いながら、両手の中にある缶コーヒーを包むように握った。
「楽に生きられたらいいな……」
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