第25話 緊張の仕事第2ラウンド
そんなこんなで大慌ての風呂という大役が終わり、異常に精神をすり減らしてしまったので、シングルベッドのフカフカ布団の上で自分はダラけている。
飛鳥はホテルで用意されていた白いパジャマに着替え、ワインを飲みながらテレビを見たり、パソコンを見たりしていて。そんな姿に大人の余裕を感じる。自分はヒイヒイしているのに。
(……そうだ、オレも明日のことを調べておかなくちゃ。冷蔵庫にあったコーラでも飲みながら、ゆっくり検索作業でもしとこうかな)
そんなことを思っていたら。
飛鳥がこの日、最後の仕事を依頼してきた。
「大翔、俺はそろそろ寝る」
その一言は風呂と同様「はいどうぞ」では済まされない。飛鳥がそう言うということは、それをやるために何かをしなければならない。
例えばさっきの風呂みたいに場所を移さなければいけないとか……。
(そうなんだよ……ここは飛鳥の家じゃないから、ベッドにも手すりがないんだよ。飛鳥をベッドに寝かせる作業は、オレがやんなきゃなんだよ……嫌じゃないんだよ、触れるのが恥ずかしいんだよ)
だからと言って「無理です」とか、そんなことは言えない。わかった、と飛鳥に返事をし、身体を起こして飛鳥の元へ。
その間にまた自分の心臓を一瞬だけ止める方法がないかな、と考えていた。
「さっきと同じ要領でやんだな?」
「あぁ、ベッドの横に車椅子を動かしてくれ」
言われたことを実行し、整えられた布団をめくっておいてから、さっきと同じように「いくぞ」と声をかけ、飛鳥へと腕を伸ばす。風呂上がりのせいで彼の全身があたたかい。シャワーでもちゃんとあったまったんだなぁ、と思う。
(あぁ、飛鳥の感触と体温……くそっ、なんでオレはこんなヤツにこんな緊張してんだよ。心臓、うるさいから止まってろよ……)
「大翔、悪いが首、つかまるぞ」
そんな言葉を聞いた時、飛鳥の腕が前から伸ばされ、自分の首に巻かれた。
飛鳥がしがみついている……別に変なことじゃない、介助される方もこうしないと楽に移動ができないのだ。
そうか、さっきと違うところがある。風呂場と違い、ここは飛鳥がつかまるところがないんだ。自分につかまるしかないのだ。
本当にしばらく、脳内の昂る自分に死んでろと言いたくなってしまう。密着度がさっきより高いから……。
だが飛鳥は、なるべく負担をかけないようにと、優しく首につかまるようにしてくれている。その動作からは「申し訳ない」という気持ちが含まれている気がする。
(……ごめんな、一人で恥ずかしいだなんだと騒いで……飛鳥だってなんだかんだ気ぃ使うよな。アンタはずっとそうなんだよな……大丈夫だ。アンタの世話をするのはオレの仕事なんだ。だからそんな、らしくない恐縮すんなよ)
バレないように大翔は深呼吸をした。本日数回目の内容だ、もう慣れた、ハズだ。
せーの、と声をかけ、飛鳥の身体を支える腕に力を入れて身体を持ち上げ――ベッドに座れるように方向転換をする。この時、無理やり持ち上げようとはしない。腰を落として対象の重さを自分の一部にしたように身体を支えて、自分の足を支点にして向きを変える。
だから相手と身体をくっついていればいるほど移乗は楽になる――自分が楽だということは相手も楽ということ。
自分は今、とても楽だった。男一人を抱えているとは思えないぐらい。やり方が完璧で息も合っているのだ。
大翔が腕の力をゆっくり緩めると、着地した振動でベッドのスプリングがかすかな音を立てた。飛鳥がベッドサイドに座れたということがわかる。
飛鳥もしがみついていた腕の力を抜いたが、まだバランスが保てなかったようだ。今度は大翔の両腕をつかみ、自身の身体を落ちないようにした。その腕をつかむ力の強さに痛いわけではないが、今この腕が必要とされているというのが伝わってくる。つかまなければ落ちてしまうから。
こういう時、自分の体重を支えることができるもの――両足がないのは大変だということがわかる。飛鳥はきっとこんなことよりも山程、大変な思いをしてきたのだ。
ベッドサイドに腰かけた飛鳥の身体は、このままでは落ちてしまう。こういう時はどうしたらいいのかも、しっかり所長に教わっておいた。飛鳥を横にしてしまった方がいいのだ。落ちないように、飛鳥の肩を支えるように後ろから手を入れ、 反対の手は飛鳥の両足を支えるように膝の下に手を入れ。
そして今度は着地しているお尻を支点に、飛鳥の身体を倒して横にしようとすれば、簡単にベッドに横たえることが――できた。少しベッドの端にきてしまっているのは飛鳥が自分の力で移動することができる。
(よ、よし、これで飛鳥は大丈夫だ)
身体を離し、飛鳥がベッドのちょうどいい位置に移動するのを見てから布団をかけた。これでもう寝るだけの体勢だ。
「初めてにしては、うまかったな」
珍しく、飛鳥が率直にほめた。
「ま、まぁな、所長に教わっといてよかったよ……でもまだ慣れないから、アンタは痛くなかったか」
「俺は大丈夫だ、お前の方こそ、気持ち悪かったりとか、なかったか」
「なんだよ、その言い方」
なんだか嫌な感じがした。
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